税制、そして教育における日本の平等意識は、敗戦から立ち直って、新しい民主主義国家をつくるという意味では、極めて有効に働いた。抜きん出た才能を生み出すより、平均的に優秀な労働力を育成する。その結果、日本は優れたモノづくりの技術を持つ産業大国に成長した。

 だが、新興国がモノづくりの技術を培い、より低コストで生産できるようになると、日本は苦境に陥るようになった。そこに必要だったのは、時代を変え得るアイデア、テクノロジーを生み出す人材だったのだが、そういう人材を日本はつくってこなかった。平均的な人材をつくる教育制度を良しとし、突出する人材を生み出すことができない。

 アメリカでは、教育でもビジネスでも未来に対しての投資が盛んだ。「いま何ができるか、どれだけ利益をあげられるか」ではなく、「将来的に何を生み出す可能性があるか」に対して積極的に投資するから、アメリカという国は既得権益を壊すことができ、新しい技術が生まれる。そこには当然リスクがあるが、彼らはそれを恐れない。

未来をつくる力に乏しい日本人が
「誇り」を持つためには

 日本はどうしてもリスクを先に考えてしまう傾向があり、そのためダイナミックな変革ができない。これはテクノロジーの分野だけではない。政治家にしろ、官僚にしろ、現状に対処する能力は優れているのかもしれないが、既得権益を壊し、未来をダイナミックにつくっていく力が欠けているように思う。

 2050年の日本のベストシナリオを考えると、第一に、今後も一定の経済成長を続けて、自由民主主義体制や自由貿易体制が壊されないことだろう。中国の強大化を止めることはできないが、良好な関係を築くことはできる。もちろん、アメリカとの同盟関係はこのまま維持・強化すべきだし、アジア諸国ともより緊密な関係を築いていかなければならない。