医療はReactiveから
Proactiveへ変わるべき

――「まだ発症していない切除に公的保険が適用されると、国の財政に悪影響を及ぼす」という意見もあります。

 そうですね。それで私は、費用対効果を国に提出するために、費用と効果についての分析を行いました。

 遺伝性乳がん・卵巣がんになるリスクの高い患者さんについて、「35歳からずっと検診を受ける」「35歳でリスク低減の乳房切除をする」「45歳でリスク低減の卵巣卵管切除をする」「乳房と卵巣卵管の両方を切除する」の4つのモデルで比較してみたところ、乳房と卵巣卵管切除の両方を行った場合が、一番費用も低く、QOLも高いということが分かりました。

 こうした患者さんの場合、乳がんの再発率は高いし、卵巣がんはいくら検査を受けていても早期発見が難しいので、治療費はかかるし、亡くなるリスクも上がります。

 ですから、皆さん、発症前の切除を公的保険適用にしたら財政はどうなるのと心配されますが、実は、国全体の医療費にとっては削減になるわけですよ。

 発症が防げれば、それだけ医療費もかからないし、病気にならなければ、その方たちは働き続けられるわけですから、日本経済にとってはプラスです。

――「予防」に対する考え方を、日本人は変えなくてはいけませんね。

 リスク低減のための乳房切除は、予後を改善する治療だといえます。患者さんの予後を改善するための治療なんです。

 でも、乳がんに限らず、今は、遺伝的背景から、その人が発症しやすいがんをターゲットとして、個別化検診やがんを発症しないようにする本当の意味での予防ができる時代が到来しつつあります。予防に対する考え方は変えるべきだと思いますね。

 例えば、血圧が高いと、症状がなくても薬を飲みますよね。それって、放置したら将来、脳梗塞とか心筋梗塞とかになるリスクを予防するためですよね。では、乳がんのリスク低減手術はどうですか。

 私はよく、「日本の医療はリアクティブ(Reative)」と言っています。火事が起きてから、必死に消す。だけど本当はプロアクティブ(Proactive)に、火事を出さないようにすることにお金を使ったほうが、よっぽどいいわけです。費用対効果がいいことも分かってきているのですから、これからの医療はもっと、予防に力を入れて行くべきだと思います。

◎山内英子(やまうち・ひでこ)
聖路加国際病院副院長・ブレストセンターセンター長・乳腺外科部長。1963年東京都生まれ。87年順天堂大学医学部卒。聖路加国際病院外科レジデントを経て、94年渡米。ハーバード大学ダナファーバー癌研究所、ジョージタウン大学ロンバーディ癌研究所でリサーチフェローおよびインストラクター。ハワイ大学外科レジデント後、外科集中治療学臨床フェロー、南フロリダ大学モフィットキャンサーセンター臨床フェローを歴任。2009年聖路加国際病院乳腺外科医長、10年よりブレストセンター長、乳腺外科部長、2017年より副院長兼務。