台風被害がどんどん酷くなる、当たり前の理由

中野 老朽化対策だけではありません。防災対策もそうです。誰でも知っているように、日本は災害大国です。日本の国土の面積は全世界のたった0.28%しかありませんが、全世界で起こったマグニチュード6以上の地震の20.5%が日本で起こっていますし、台風による水害なども頻発しています。
 
 特に、平成の時代は、阪神淡路大震災、新潟県中越地震、北海道胆振東部地震、東日本大震災、津波、台風、高潮、ゲリラ豪雨など、大規模な自然災害が頻発しました。にもかかわらず、財政健全化が優先された結果、防災インフラを整備するための公共投資が削減・抑制され続けてきたわけです。

――最近はかつてなかったような「メガ台風」が日本列島を直撃するケースが増えていますね? 昨年も台風15号や19号などで、河川の堤防が決壊するなどして、多くの人命が失われました。

中野 そうです。いまだに、「想定外の台風」などという表現がされることがありますが、そんなことはありません。気候変動によって「メガ台風」が日本を襲う可能性があることは、プロフェッショナルな防災研究者がずっと警告してきたことです。

 それに、気象庁は「非常に激しい雨」(時間降水量50mm以上)は30年前よりも約1.3倍、「猛烈な雨」(時間降水量80mm以上)は約1.7倍に増加していると公表してますし、国土交通省は、過去10年間に約98%以上の市町村で、水害・土砂災害が発生しており、10回以上発生した市町村は約6割に上ると警告を発しています。政府の関係機関は、近年、豪雨災害のリスクが高まっていることを認識していたのです。

 にもかかわらず、この表にあるように、主要河川の堤防整備はいまだに不十分な状況にあります(表1)。

 しかも、政府は、この20年間、治水関連予算を増やしてきたのかといえば、実際にやってきたことは、その逆でした。図1のように、一貫して治水関連予算を減らしてきたんです。

 その結果、治水対策が強化されていれば守られたはずの人命が失われたんです。国民の生命・生活が、財政健全化の犠牲となったのです。

――MMTが主張するように、デフレ下の日本においては財政健全化をめざすべきではなく、むしろ財政支出を増やすべきというのが正しいとすれば、これはとんでもないことですね。

中野 そうです。そして、同じことが、来るべき巨大地震についても繰り返されようとしています。

 2018年6月、土木学会は、今後30年以内の発生確率が70〜80%とされる南海トラフ地震が日本経済に与える被害総額は、20年間で最悪1410兆円になるという推計結果を公表しました。

 そして、発生が予測されている南海トラフ地震、首都圏直下地震などを「国難」と呼んで、この「国難」に対処するために、防災のための大規模な公共インフラ投資を提言しているのです。

――それに対する防災投資は十分にされていると言えるのでしょうか?

中野 とても、そうは言えない状況ですね。

――そうなんですか……。

中野 それにしてもですね、いま日本政府は相当おかしくなっていると思わざるをえません。なぜなら、そもそも財政赤字を拡大しても財政破綻なんか起きるはずがないんですが、仮にですよ、仮に財政が危険な状態にあったとしても、国家の存亡や国民の生命財産にかかわる問題に関しては、優先的に取り組むのが政府というものです。

 例えば、戦争中に敵から攻められて、自分の国を守るために軍艦をつくる必要があるけれど、「財政危機が心配だから戦時国債を発行しません」という国がありますか? 財政健全化のためには占領されたほうがマシだという判断は普通はないですよ。

 大災害のときも同じです。東日本大震災のような大規模な災害が起きたときには、とにかく早く復興に着手する必要があるんです。そうしないと、時間がたてばたつほど、取り返しがつかなくなる。深刻な後遺症が残ってしまうんです。これは、これまで日本が経験してきた大災害の非常に重い教訓なんです。

 ところが、東日本大震災が起きたとき、日本政府は「財源」の議論から始めたんですよ? 日本は外国から借金する必要なんかないにもかかわらず、震災から3ヵ月後に「財源」の議論を始めて、半年近くたってようやく補正予算をつけました。それも、たったの2兆円。その間、政府は被災地を放置したんです。

 そして、防災の専門家や関係省庁が、これだけ巨大震災や気候変動による「メガ台風」被害の恐ろしさを訴えても、財政再建を優先して防災対策を強化しようとしない。本来ならば、外国から借金をしてでも、国民の生命・財産を守るために、防災対策をやるべきなんです。外国から借金する必要もない日本が、それをやらないというのは、相当おかしい。どこか根本が狂ってるとしか言いようがないですよ。

――たしかに、国民の生命・財産よりも財政健全化のほうが大切というのは、納得しづらい話ですね

専門家が警鐘を鳴らしていた国立感染症研究所の人員と予算の削減

中野 同じことは、コロナウイルス対策についても言えます。

 NPO法人POSSE代表の今野晴貴氏によると、国立感染症研究所の研究者は、2013年の312人から現在は294人に減らされています。アメリカと比較すると、人員は42分の1、予算は1077分の1しかないのだそうです。さらに、保健所は、1992年には全国に852カ所あったのに、2019年には472カ所と、実に45%も減っています。

 感染研の研究評価委員会は2013年度に「予算上の問題で、感染症の集団発生時にタイムリーなアクションが取れなければ大問題となりうる」とし、2016年度にも「財政的・人的支援が伴わなければ全体が疲弊する」と警鐘を鳴らしたそうです。しかし、こうした声は無視され、2015年度には定員削減目標が課せられたのです。研究費も2009年度の3分の2にまで減らされました(https://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/202003/CK2020030702000161.html)。

――そんなに少ないんですか……。

中野 また、大妻女子大学の小谷敏教授によると、過去17年間で、国家公務員や地方公務員の数は大きく減らされてきました。公務員の非正規化も進められてきました。日本政府は、人口1000人当たりの公務員の数が主要先進国の中でも少ない「小さな政府」だったにも関わらず、削減され続けてきたのです。

 新型コロナウイルスの対応については、厚生労働省が色々批判されていますが、そもそも、日本の行政がこんな脆弱な体制になってしまったのは、財政健全化のためと称して、歳出抑制やら行政改革やらが進められてきたからなのです。

 例えば、熱心な財政健全化論者である土居丈朗先生は、昨年12月、日本の医療費を抑制するために、病床数を減らすべしと説いていました(https://mobile.twitter.com/takero_doi/status/1205637996759810048)。

 もし、過去20年間、日本の財政がMMTに基づいて運営されていたら、感染症対策のための体制も、もっと充実させることができていたでしょう。少なくとも、今回の出来事を踏まえて、社会の脆弱性を克服するために、保健医療への財政支出を増やしていく必要があるのは間違いないでしょう。

――そうでしょうね。