「教育投資」の削減で失われる「日本の未来」

中野 それ以外にも、増やすべき財政支出はいくらでもあります。例えば、教育投資です。1990年代から高齢化に対応するために社会保障分野の歳出が増えるかわりに、それ以外の歳出が減らされていますが、教育も例外ではありません。これも考えられない話で、教育とはまさに将来に対する投資ですから、ここを削減すると日本の未来が損なわれることになります。実際、その兆候は現れています。

 図2は、2018年に総合学術誌である「ネイチャー」が出したもので、日本の学術レベルが落ちていることを示すものです。2005年からの10年間で、中国や韓国が論文数や論文シェアを伸ばしているなか、日本の論文数はほぼ横ばい、論文シェアは大きく落としていることがわかります。

 図3は、日本の分野別の論文数を示すもので、ほぼすべての分野で、日本は論文数を減らしていることがわかります。

 これらは2005年以降のデータですが、国公立大学の独立行政法人化が始まったのは2004年のことです。運営費交付金を毎年1%ずつ減らすなど財政健全化に努めたほか、大学をさんざんいじくり回した結果が、これなんです。

 国富・国力の源泉である学術すらもボロボロになっているわけです。近年、日本人がノーベル賞を取ったと喜んでいますが、すべて過去の成果ですから、これからはもう日本の学術はダメになってしまうのではないでしょうか。

――まずいですね……。

中野 あと、国防のことも真剣に考える必要があります。

――国防費を増強せよということですか? 日本人にとってはアレルギーの強いテーマですね……。

中野 ええ。しかし、「世界の現実」とはまっすぐ向き合わなければなりません。目を背けていたら、それこそ恐ろしい結末を招くことになります。

――たしかに、アメリカと中国やイランの緊張が高まるなど“きな臭い”状況ですね……。

中野 ええ。現在、私たちが生きている世界は、かつてアメリカが覇権国家として世界秩序を維持できた時代とはまったく違う世界になってしまいました。いま私たちは、冷静終結後に形成された世界秩序が崩壊するプロセスに立ち会っているんです。

  そして、アメリカを継いでグローバル覇権を握る国家は現れないでしょう。イギリス、アメリカと約200年間続いたグローバルな覇権国家が存在する世界が終わりを告げようとしているんです。つまり、「グローバル化」は終わったのです。

――「グローバル化」は終わった? グローバル化は、不可逆的な流れではないのですか?

中野 日本ではよく聞く話ですが、それはまったく間違った認識です。そもそも、グローバル化は人間の行動が引き起こす社会現象であり、自然現象ではありません。グローバル化するか否かを決めるのは、国際政治の力学で決まることです。

  そして、グローバルな覇権国家が消え去ろうとしている現代において、グローバル化が終焉を迎えるのは当然の帰結です。その認識もなく、「グローバル化は不可逆の流れだから、それに対応しなければならない」などと、今でも考えているとしたら、たいへん失礼ですが、甚だしい「時代遅れ」というほかありません。その「鈍さ」は、危険ですらあると思います。

――そ、そうなんですか……。

中野 これは、非常に重要なポイントなので、次回以降、丁寧に説明しましょう。

(次回に続く)

連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
連載第2回 https://diamond.jp/articles/-/230690
連載第3回 https://diamond.jp/articles/-/230693
連載第4回 https://diamond.jp/articles/-/230841
連載第5回 https://diamond.jp/articles/-/230846
連載第6回 https://diamond.jp/articles/-/230849
現在の記事→連載第7回 https://diamond.jp/articles/-/231332
連載第8回 https://diamond.jp/articles/-/231347
連載第9回 https://diamond.jp/articles/-/231351
連載第10回 https://diamond.jp/articles/-/231363
連載第11回 https://diamond.jp/articles/-/231365
連載第12回 https://diamond.jp/articles/-/231383
連載第13回(最終回) https://diamond.jp/articles/-/231385

中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。