進歩したがん治療を選ばずに
命を落とす患者さんがいる

 がん治療は、この10年で確実に進歩しています。それなのに、その治療を選ばずに、詐欺的な治療の被害に遭い、命を失う患者さんが現実に存在しているのです。実に衝撃的な事実だと思います。

 病院に来る前に、効果が期待できない「トンデモ医療」を信じ込んでしまった患者さんの中には、もう病院に来てくれなくなってしまう方もいます。なぜなら、「トンデモ医療」を提供する人たちは、病院での治療法(標準治療)のことを悪く言うことで、自分たちの治療法を信じさせようとすることが多いからです。いくら病院で安価で素晴らしい医療を提供しても、病院に来てくれないと救うことはできません

標準治療:科学的根拠に基づいた観点で、すでにある治療法の中で最も有効性が高いと考えられる治療法。保険が適用される。

 もし患者さんご本人が、標準治療と並行しながら、ほとんど効果が期待できないと知ったうえで「トンデモ医療」を試しているのであれば、まだ問題は小さいでしょう。しかし、「トンデモ医療」にはがんを治す効果があると本当に信じ込んで標準治療をやめてしまったら、あとで取り返しのつかない事態になってしまいます。こうした事例が起きている状況を私たちは容認できません。

正しい情報発信は
もはや医療行為である

 私たちにできることは何か。そう考えたときに思い浮かんだのが、正しい情報の発信でした。正しい情報発信も、命を助ける医療の一部だと気づいたのです。

 今の医療は基本的に、病院に来た患者さんに対して設計されています。もちろん、健診などの予防医療はありますが、来院しない方に治療が行われることはないし、そのような方が病院に来るよう医療情報を提供することは積極的に行われていません。

 ですが、たくさんの情報が錯綜するこのインターネット社会では、患者さんに適切な治療を受けに来てもらうために情報発信をするのも、命を助ける重要な医療の一部だと思います。

 インターネット上では今でも「アメリカでは抗がん剤は使われていない。使っているのは日本だけ」というような、がん治療に関する明らかなウソがまき散らされています。書店に立ち寄ってがんに関連する書棚の前に立つと、心が痛くなるほどひどい状況が目に飛び込んできます。がん専門医が一度も聞いたことも見たこともない治療ばかりが紹介されているのですから。食事の工夫だけでがんを治すことは困難です。しかし、こんなとんでもない主張をする本があふれています。

 ツイッターなどで熱心に情報発信をしていると、同業の医師や研究者から、「よい趣味をお持ちですね」「よくそんなことをする時間がありますね」などと言われます。しかし、私たちにとって情報発信は、趣味などではなく、命を助けるための戦いです。錯綜する情報に混乱してしまい、食事のみでがんを治そうとしている患者さんが、私たちの情報発信を見たことがきっかけで標準治療に戻ってきてくれれば、これこそ本当の医療と言ってもよいのではないでしょうか。

日本語のインターネット上には
正しいと言えるがん情報が圧倒的に少ない

 著者の一人(大須賀)がある講演会で登壇したとき、終了後にわざわざ来て、こう言ってくれる方がいました。

「あのときは本当に食事でがんが治ると思っていたのに、先生のツイッターをたまたま見つけたおかげで思い直して標準治療に戻りました。そのおかげで、私は生き残れたのです」

 こういう人に出会えて、情報発信をしていた甲斐が本当にあったと心から思いました。

 情報発信は遊びではなく、医療の一部。こう信じているから今も続けられるのです。インターネットや書籍には、がん治療に関する正しい情報がまだまだ不足していて、怪しい情報に圧倒されています。人間の命に関わることなのに、正しい情報はとても少ない。繰り返しになりますが、この状況を変えたいというのが、私たちの一貫した信念です。

 その思いを詰め込んだのがこの本です。正しいがん情報が広まって、救われる患者さんが増えることを願うばかりです。