Jリーグ
Jリーグの村井満チェアマン(中央)。未曾有の危機の中で27回目の「Jリーグの日」を迎えた Photo:JIJI

韓国が先週末にリーグ戦を開幕させ、ドイツが今週末に再開を迎えるなど、新型コロナウイルス禍に見舞われてきた世界にサッカーが戻りつつある。対照的に2月下旬からすべての公式戦を中断させてきた日本のJリーグは、依然として予断を許さない状況の真っただ中にいる。1993年5月15日から描かれてきた軌跡を途切れさせることなく、未曽有の危機を乗り越えていくために。選手たちやJクラブを守り抜く上で、ピッチの内外で講じられている対策を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)

27歳を迎えたJリーグ

 隣国の韓国では8日に、当初の予定よりも69日遅れでKリーグが開幕を迎えた。3月上旬を最後に中断されていたヨーロッパのドイツでは、今週末からブンデスリーガが再開される。ともに無観客での開催だが、新型コロナウイルス禍を乗り越えてサッカーのある週末が戻りつつある。

 イングランドのプレミアリーグ、イタリアのセリエA、そしてスペインのラ・リーガも再開の時期を具体的に探る段階に入っている。翻って日本のJリーグはどうか。他国に先駆けて2月下旬から中断されている公式戦は、今現在になっても再開されるめどすら立っていない。

 世の中に幅広く認知されているとは言いがたいが、5月15日は『Jリーグの日』と呼ばれている。旧国立競技場で当時を代表する2つの最強クラブ、ヴェルディ川崎と横浜マリノスが対戦。長く待ち焦がれられていたプロ時代の幕が開けた、1993年5月15日を記念して命名されたものだ。

 今年で「27歳」を迎えたJリーグは、この先に再開を迎えた時には、これまでとは大きく姿形を変えることになる。例えばリーグ戦は延期されている試合が水曜日を中心に組み込まれていくため、すべての日程を消化するならば、必然的に週2試合の過密スケジュールを余儀なくされる。

 27年前を振り返れば、一大ブームが沸きあがった中で土曜日、水曜日と試合が巡ってきた。10クラブでスタートしたJリーグは拡大路線のもとで1994年に12クラブ、1995年には14クラブに増え、1クラブ当たりの試合数もリーグ戦だけで36、44、52と順に増えていった。

 観客も飛躍的に増えた中で、魂を高ぶらせながらプレーした選手たちも生身の人間だ。延長戦だけでなくPK戦もあった黎明期は過密スケジュールの中で体が悲鳴を上げ、故障者が続出した苦い記憶がある。今シーズンも再開された先には、過去と同じ轍を踏むわけにはいかない。

 おりしも国際サッカー連盟(FIFA)が、公式戦における交代人数を従来の「3」から「5」にしたいと提案。ルールを統括する国際サッカー評議会(IFAB)も迅速に承認し、今年いっぱいまでの時限的な変更が決まった。言うまでもなく、選手たちにかかる肉体的な負担を軽減させることが目的だ。

 ルール変更を受け入れるか否かは、最終的にはFIFAに加盟する各国の判断に委ねられる。再開の時期すら未定のJリーグでは、まだ議論の俎上に上っていないが、かけがえのない財産でもある選手たちを守るという観点に立てば、反対する声が上がることはないだろう。