日本の最高裁判事は15人だ。内閣官房によれば15人の出身分野は決まっており、裁判官6、弁護士4、学識者5(大学教授1、検察官2、行政官1、外交官1)の枠が長年の慣例とされてきた。
最高裁判事の定年は70歳であり、閣議決定は、それぞれ1月と3月に定年退官する厚生労働省出身の櫻井氏、そして弁護士出身の大橋氏の後任を選出したものだ。学識者と弁護士の枠が一つずつ減るので、外務省出身の林氏と「弁護士」の山口氏を後任に据えることは一見妥当に思える。
問題は、山口氏が日弁連の推した後任ではないことだ。
下図のように、大橋氏が定年を迎える3月の1年近く前から、日弁連は後任候補を公募し、選考を進めてきた。だが、刑法の大家として長く学者畑を歩んだ山口氏が弁護士資格を取得したのは昨年8月。日弁連が最高裁に候補を推薦した時点で、山口氏はリストに含まれていなかった。
最高裁は日弁連の推薦を受け、「最適任候補者」を内閣に意見する。最高裁判事の任命権はあくまで内閣総理大臣にあるが、これまで日弁連の推薦した人物が任命され続けてきた。
だが今回、日弁連の推薦外であり、事実上の学識者である山口氏が任命されたことで、長年の慣例が壊された形だ。背景に何があるのか。
「弁護士枠を減らせば弁護士会が反発するのは自明。そんなことを最高裁が自らやるはずがない。今回の人事は明らかに官邸の意向だ。弁護士出身の最高裁判事が政府をいら立たせる意見を書くから、官邸が最高裁に圧力を加えたのだろう」。現役判事はそう声を潜める。問題の本質は、官邸による最高裁への人事介入にあるとの指摘だ。
この数年間を振り返れば、衆議院選挙と参議院選挙の1票の格差を違憲状態とする一連の判断、婚外子相続差別の違憲判断など、最高裁の踏み込んだ判決が相次いだ。2006~12年に最高裁判事を務めた弁護士の那須弘平氏は、「裁判所が自由な発想で前向きに判断できた時期だった」と証言する。
当時、法曹界で司法制度改革が進み、政界では自民党から民主党(当時)への政権交代が起きた。こうした時代の変化を背景に「最高裁も変わってきた」(那須氏)という。
ところが12年の発足以降、長期安定基盤を固めた安倍政権は、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行い、安全保障関連法を成立させた。さらに共謀罪創設や憲法改正に意欲を示す。
日弁連はこうした動きに反対の立場だ。政権としては、最高裁に「自由な発想で前向きに判断」されては困る。そのために日弁連推薦の候補を排除し、最高裁への影響力を強める必要があるのだろう。
那須氏は弁護士出身判事の強みについて「訴訟や法律相談を通じ、長年にわたって紛争を一つずつ処理してきた経験と技能」だと指摘する。
山口氏は確かに形の上では弁護士だ。だが最高裁判事に弁護士としての「経験と技能」を持つ者が加わる意義を鑑みれば、その人選に疑問を感じざるを得ない。