法務省『出国管理統計』によれば、「コレラみやげ」が始まった1977年の日本人出国者は315万人。翌78年には、成田国際空港が開港したこともあって352万人と、順調に増加している。

 しかし、79年から「異変」が起きる。この年403万人と前年よりも増加した後、翌80年になると390万人に減少、翌81年も400万人、82年も408万人と「踊り場」に入ってしまうのだ。

 ちなみに日本人出国数は、1964年の海外渡航解禁から2000年までは、バブル崩壊が起きた1991年以外は、基本的に右肩上がりである。オイルショックだ、円安だと色々あっても、前年よりも増えてきた。つまり、79年から82年というこの4年間の「横ばい」は、かなり異例のことなのだ。

 もちろん、すべてをコレラで説明するつもりはないが、77年から82年まで「コレラみやげ」が定期的に日本社会を恐怖と不安のどん底につき落としたのも、紛れもない事実である。この4年で、日本人の間に「観光客が感染を拡大する」というコンセンサスが出来上がり、それが「観光ヘイト」のムードを醸成して、「海外旅行控え」を促した可能性もあるのだ。

キャンペーンが差別や偏見を
助長させかねない不安

 このような歴史の教訓を踏まえれば、「Go Toトラベルキャンペーン」というものが観光業を元気にするどころか、差別や偏見を助長させてしまう「悪手」という結論に到達せざるを得ない。

 新規感染者が増えている首都圏の人々を全国各地に送り出せば、観光地に「コレラみやげ」ならぬ「コロナみやげ」をバラ撒くのは目に見えている。それは言い換えれば、日本中に「観光客が感染を拡大する」というコンセンサスをつくりだす、ネガティブキャンペーンをやっているようなものなのだ。