ちなみに今回「9マス遺言」を選択したことで遺言書保管官から何か質問があるかもしれないと思って準備していたが、遺言形式に関しては何の指摘もなかった。

「自筆証書遺言書保管制度」
メリットと懸案事項

 今回の「自筆証書遺言書保管制度」を行うメリットはいくつかある。たとえば、家庭裁判所の検認の手続きが不要になる点、原本は死後50年、スキャナーで読み込んだ画像データは150年保存される点などがあげられる。しかし、その中でも大きなメリットのひとつに、「死亡時の通知」制度が追加されたことがある。

 これは「自筆証書遺言書保管制度」を活用していた遺言者が死亡した場合に、生前に指定していた推定相続人、受遺者、遺言執行者等のうちひとりに対して相続発生を知らせる制度である。今までありそうでなかった画期的な制度だ。

 まさにこの点で、新遺言制度に魂を吹き込みたいという法務省の強い意思を感じた。公正証書遺言書では「死亡時の通知」制度がないために、相続人が遺言書の存在を知らぬまま相続手続きが進められてしまう可能性があり、相続人が複数存在する場合には公平性に欠ける面がある。その点、「自筆証書遺言書保管制度」に「死亡時の通知」制度が追加されたのは、公正証書遺言に比べて明らかに特筆すべき特徴であり、事前の期待値を超えたといっていいと思う。

 法務省サイトには「死亡時の通知」について、「令和3年度以降頃から本格的に運用を開始する」とあり、運用開始直前まで推敲を重ねて制定した苦労が察せられる。

 一方、「自筆証書遺言書保管制度」で懸念される点は、提出された「遺言書」の法的効力が担保されないことである。

「自筆証書遺言書保管制度」は、読んで字のごとく自筆証書遺言書を保管するための制度であり、自筆証書遺言書の内容の正確性及び遺言者の遺言能力を担保するものではない。そのため、後日紛争が生じる可能性は否定できない。

 遺言書保管所で預かる際に確認するのは、遺言書が民法第968条の定める方式に適合しているかという外形的な確認や、遺言書を自署したかどうかの確認でしかない。法務省のサイトにも「遺言書保管所においては、遺言の内容についての質問・相談には応じることができません」とある。この紛争防止の観点では、明らかに公正証書遺言に劣るところだ。

 公正証書遺言は、法律の専門家である公証人によって、公正証書遺言作成過程で法的効力が担保されるので、遺言書の効力を考えると安心感がある。

 もし「自筆証書遺言書保管制度」を活用する際に、こうした懸案事項を払拭したいのであれば、弁護士や司法書士、行政書士などの法律の専門家から遺言書作成の支援を受けるのが有効であろう。私もひとりの遺言者として、混迷の時代の中、船出した新遺言制度の動向を、これからも静かに見守っていきたいと思う。