天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が6月4日に発刊。発売4日で1万部の大増刷となっている。
 教育系YouTuberヨビノリたくみ氏から「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。連載のバックナンバーはこちらから。

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「鳩の巣原理」で考える

 冒頭から恐縮だが、次の問題を考えてみてほしい。

【頭髪同数問題】
 横浜市内に、髪の毛の本数がまったく同じ人は複数いるか?

(注:次の事実は知識として使ってよい。横浜市の人口は376万人〈2020/7/1現在〉。髪の毛の本数は多くても15万本。)

 パッと見て「髪の毛の本数なんて数えられそうもないから、そんなのわからないんじゃない?」と思う人もいれば、「まあ、いるんじゃないの」と考える人もいるだろう。

 1日で抜ける髪の毛の量は100本近くになるらしいし、頭皮を拡大して見なければわからないような産毛のことも考えたら、「◯◯さんの髪の毛の本数は~本です」と断定することは確かに難しい。遠目にはスキンヘッドに見えたとしても、産毛を数えたら0本ではない、ということもあるだろう。

 また、具体的な本数を断定することは難しくても、376万人もの人の中には髪の毛の本数が同じ人がいても不思議はないという直観から「いるような気がする。でも確実じゃない……」と思う心理も理解できる。

 しかし、数学を使えば、具体的に数えることの困難も、曖昧な直観も飛び越えて「100%確実に、横浜市内には髪の毛の本数がまったく同じ人が複数いる」と言い切ることができる。すなわち、冒頭の問題の答は「いる」である。

 なぜ言い切れるのか? それは数学の鳩の巣原理というものが保証してくれるからだ。

 「鳩の巣原理」を、堅苦しく書けば「正の整数nに対して、n+1個以上の『対象』をn組に分けるとき、少なくとも1つの組は2個以上の『対象』を含む」となる。なんだかものものしいが、実はこれは非常に単純なことを言っている。

 たとえば4羽の鳩に対して3個の鳩の巣があるとしよう。4羽の鳩が皆、巣に入ったとすると、2羽以上の鳩が入る巣が必ず1つはできる。鳩の巣原理とはこの当然のことを言っているに過ぎない。

 鳩の巣原理を使えば、「5人の中には同じ血液型の人がいる」や、「13人以上集まると、誕生月が同じ人がいる」なども100%確実であることがわかる。

 冒頭の問題は、376万人を、それぞれの髪の毛の本数と同じ番号の部屋(部屋の扉に「0本」~「15万本」の札が貼ってある)に入れることを考えればよい。

 そうすれば(人数に対して部屋の数が圧倒的に足りないので)必ず2人以上が入る部屋(相部屋)ができる。言うまでもなく、相部屋になった部屋の人どうしは、髪の毛の本数が等しい。

 ……と書くと「いやいや、具体的な髪の毛の本数がわからなければ、そもそもどの部屋に入るべきかがわからないじゃん」と言われてしまいそうだ。

 確かにそうである。しかし、本人やまわりの人間には正確な本数がわからなくても、ある瞬間の真の本数(本当の髪の毛の本数)に等しい数が「0本」~「15万本」の中にあるのは確実であり、どの人もその真の本数と同じ数の札が貼ってある部屋に入ると考えてほしい(全知全能の神が正しい部屋に入れてくれることを想像してもらってもいいかもしれない)。

 いずれにしても、相部屋ができることは間違いない。

 鳩の巣原理の内容は、拍子抜けするほど単純だが、東大、京大、早稲田、慶応といった難関大の入試や数学オリンピック等で出題される難問が、この原理によって解決することは珍しくない。

「論理的に100%確実に存在する」というのは、それだけ大きな意味を持つのだ。

(本原稿は『とてつもない数学』からの抜粋です)