読み手を飽きさせないために必要なテクニック
とはいえ、同じ話を繰り返すと読者は飽きてしまうんですよ。そのため、2回目は少し形をかえます。たとえや例を使いながら重要なトピックの内容を繰り返していきます。難しいことをわかりやすく説明するために、たとえや例を使う人は多いし、よく言われる文章テクニックでもありますよね。
もちろん、たとえや例は、難しい事柄を理解しやすくするためにも役に立ちます。でも、理解しても忘れてしまえば、その先の文章をすらすら読み進めることはできません。「すらすら読み進める」というのは、「前に戻って読み直さなくてよい」ということです。前に戻らずに読んでいくためには、理解するだけでなく、記憶することが必要です。そのために、たとえや例を使うのは、よい方法だと思います。
──たとえや例は、理解しにくいところだけでなく、記憶しにくいところでも積極的に使うと良いということですね。
更科 はい、重要なことを忘れてしまったら、それより先の文章がどんなにわかりやすく書いてあっても、読者にはわからない文章になってしまいます。
それともう1つ、「何を書かないか」ということですね。著者は「何を書くか」を決めるのと同時に「何を書かないか」も決めなくてはいけません。読者に伝えたいことをすべて詰め込んだ文章は、かえってわかりにくくなり、何も伝わらない文章になってしまうと思います。
「書きたいこと」は、「実際に書くこと」よりも多くないといけません。文章は無理やりひねり出して書くのではなく、書きたいことの中から、一部のトピックを選んで、それを組み立てて文章にする。書きたいものが少ないと文章に余裕がなくなり、自由にトピックを選んだり並べたりできませんし、書いた後で文章を変更するときにも苦労します。
文章に余裕があれば、トピックを除いたり、加えたりしながら、順序を自由に変えることもできます。
重要なのはトピックの並べ方だと思います。文章というものは、たくさんの文からできていますが、たとえ、わかりやすい文をきちんとつないでいったとしても、それだけでは、テレビ番組のような本にはなりません。トピックの並べ方が不適切だと、論理の展開がわかりにくい文章になってしまうからです。
──「トピックの並べ方」「何を書かないか」を大切にされているのですね。ちなみに、「間違っている」「不正確だ」と言われるぎりぎり手前まで踏み込んで、「入り口となる面白い本」を書こうと思ったのは、何かきっかけがあったのですか?
更科 もともとのきっかけは、この本の担当編集でもあるダイヤモンド社の田畑博文さんです。彼から「知の入り口に立つ若い読者に語りかけるように、幅広い世代が読める生物学の入門書を書いて欲しい」と企画を提案されました。
大学前の喫茶店で最初の打ち合わせをした時に、田畑さんが持参してきたのが、エルンスト・H・ゴンブリッチの『若い読者のための世界史』という本でした。私は世界史にはそんなに詳しくないのですが、この本が、非常にとっつきやすくて、おもしろかった。
この本と、若い頃に出合えていたら、きっと素晴らしいことだろうと純粋に思いました。でも、それよりも強く思ったのは、もう若くもないし、世界史とは直接的な関わりがない私が読んでも、やっぱりよかったと思えたことです。世界史の専門家でなくても、世界史って楽しいのです。
まさに「入り口」のような本ですよね。高木貞治先生のような講義も大切だけれど、興味も関係もない人たちが面白いと思える本も大切です。でも、後者のような本は意外と少ない。そこで、そういう本を書いてみようと思ったんです。
【大好評連載】
第1回 ベストセラー生物学者が教える「わかりやすい文章」を書くために必要なこと
第2回 学びの意味、教養の価値はどこにあるのか?
第3回 ビジネスにも使える、科学者の「仮説」を立てる方法
第4回 生物の世界において「進化」は「変化」である