生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が4万部突破のベストセラーになっている。
「教養」の価値が改めて見つめ直されている今、私たちが「すぐに役に立たないこと」「自分の生活とは直接関係ないこと」を学ぶ意味とは何か。生物学の専門家であり、本書の著者である更科功さんに“教養の価値”について伺った。
(取材・構成/イイダテツヤ、撮影/疋田千里)

社会が複雑になると教養が大事になる

──いま、「教養」「リベラルアーツ」が時代のキーワードにもなっています。更科先生は、いろんなことを広く知っておくことの意味について、どのように考えているのでしょうか。

更科 大事なことは2つあります。1つは「危険回避」ですね。自分の専門だけしか知らない、自分に役立つことだけを学んでいるのは、生き方として危ないんです。

 私は立教大学でも教えていますが、立教大学は“育成する人物像”として(短く表現すると)「専門性のある教養人」を掲げています。以前は「教養のある専門人」でした。それをひっくり返して「専門性のある教養人」に変えたんですね。

 社会が複雑になり、先行き不透明な時代になると、広い意味での教養がとても大事になる。

 それが生物学でなくてもかまいませんが、専門以外のことを、ちょっとは知っておく。そんな幅広い教養が必要な時代だと思います。1つのことを真正面から見るだけじゃなく、横からも眺めてみることができる、視野の広さが大切です。

更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。東京大学総合研究博物館研究事業協力者、明治大学・立教大学兼任講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)などがある。

──「専門」と「教養」をひっくり返す立教大学の話は非常にわかりやすいですし、象徴的でもありますね。もう1つの理由とは何ですか?

更科 ある人によると、人が幸せになる条件は4つあるそうです。

 1 チャレンジすることがある
 2 お金や名誉を人生の最終目標にしない
 3 人と比べない
 4 「まあ、いっか」と言える

 これは、知り合いの先生の知り合いの先生が言ったことで、つまりまた聞きです。ですから正確ではないかもしれません。私にとって都合よく解釈を変えているかもしれませんが、ともかく私にとってはなかなか納得できる考えです。

 たとえば、お金や名誉を目標にしてもいいんですけれど、それを人生の最終目標にしてしまうと、やっぱり幸せにはなれない。あるいは、人と比べてばかりいると、なかなか幸せにはなれない。

 そして、4つ目の「まあ、いっか」が一番大切です。楽天的でいられることは、人生で最大の強みだと思います。世の中のいろんなことを知っていると「まあ、いっか」と思えることが増えるんじゃないか。

 視野が狭く、関心の幅が狭いと、1つの領域でうまくいかなかったら、どうしようもなくなる。でも、他の世界を広く知っていると「右でダメだったら、左へ行けばいいか」くらいに感じる機会は増えるからです。