8月7日、ジョンソン大統領はテレビ演説を行い、この2隻の米軍艦がなぜ北ベトナムの近海に行ったのかという問題には触れずに、米艦が公海で北ベトナムによる攻撃を受けたことだけを強調し、「露骨な侵略行為だ」と糾弾した。そして同日、米下院は416対0で、上院はわずか2票の反対で大統領を支持する「トンキン湾決議」を採択。大統領に「東南アジア集団防衛条約のいずれかの加盟国を援助するために軍隊の使用を含むすべての必要な措置をとる」権限を与えた。
その後、米軍は全面的に参戦し、北ベトナムを爆撃するという「北爆」を行い、最大で50万人以上の兵力を派遣した。中国も米軍に対抗するため、32万人の軍隊を北ベトナムに派遣した。第二次世界大戦後最大の戦争は、北ベトナムが南方を統一した75年まで続いた。
米中両軍は自制的
トランプ大統領自身は?
ベトナム戦争が終わった後、米国とベトナムの両国は何度も共同調査を組織したが、ベトナム側が自発的に米艦を攻撃したいかなる証拠も見つからなかった。数百トンしかないベトナム魚雷艇が、数千トンもの米軍駆逐艦を攻撃するのは常識的に見てありえない。しかし64年当時、怒りに駆られた米国では、ベトナムが攻撃を仕掛けたという世論が圧倒的多数となり、トンキン湾事件に対して何の疑問も持たれなかった。
こうしてトンキン湾事件がもたらした最も重要な結果は、ジョンソン氏が同年11月に行われた米大統領選で圧倒的多数の票を集め勝利したということだった。
後日談だが、4年後にジョンソンと対立して辞任した国務大臣マクナマラは、このトンキン湾事件がでっち上げだったと告白している。大統領が議会に提出した決議文の原案は、ベトナムへの参戦計画を発表した5日よりも前に作成されたものであったことが明らかになった。結局70年、このトンキン湾決議は取り消された。
でっち上げだったトンキン湾事件が発生して56年経った今、朱教授が心配しているのは、第二のトンキン湾事件の発生だ。
ただ現在のところ、中国政府と人民解放軍も、米国の挑発に乗らないように、慎重な対応に終始している。米軍艦が台湾海峡の中間線の中国側を航海していても、撃墜できるU2偵察機が軍事演習のために設けられた飛行禁止区域を飛来していても、警告や抗議をするだけで、軍事的手段による排除措置を講じない姿勢を貫いている。
中国国内の過激派たちも、最近は鳴りを潜めている。問題は、選挙戦に負けそうになったとき、トランプ大統領がジョンソン大統領の作戦を踏襲する可能性がどこまであるのかだ。
朱教授と同じく、第二のトンキン湾事件発生を心配する日本人識者もいる。たとえば、著述家で社会分析アナリストの高島康司氏は、米中の武力衝突も覚悟しなければならないと警鐘を鳴らしている。KS International Strategies社長で国際交渉人として活躍する島田久仁彦氏も「先の大戦前夜に酷似。米中が加速させる分断と『一触即発』の危機」について注意を喚起している。
米中関係が果たしてどこへ発展していくのか、緊張感をもって見つめる必要がある。
(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)