日本から“スポティファイが生まれた可能性”を潰したのは誰か?

 ちなみに。本書を読んだ後に「なぜスポティファイのような革新的なサービスが日本から生まれなかったのだろうか?」と思う人がいるかもしれない。経済系のウェブメディアでは「日本からアップルやグーグルが生まれない理由」というような見出しをつけた記事がたびたび掲載される。たとえば日本企業の冒険心やイノベーションマインドの欠如といった精神論を語る論もあるし、市場の保守化、投資家不在を理由に挙げる論もある。

 ただし、スポティファイに関して言うならば、話は別だろう。日本からスポティファイのようなサービスが生まれていた可能性はあった。μTorrent以前に、日本にも天才プログラマーが作り上げたP2Pファイル共有ソフトがあったからだ

『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』(壇俊光著、2020年)を読むと、スポティファイが躍進していった2000年代後半から2010年代初頭に日本で何が行われていたかがわかる。

 P2Pファイル共有ソフトのWinnyを開発した金子勇は、2004年、著作権侵害行為を幇助した共犯の容疑を問われ、逮捕・起訴された。金子自身は問題のあるファイルを削除する機能も準備もしていたというが、京都府警に拘留されたことで開発の継続は不可能になった。7年半の法廷闘争を経て2011年に無罪が確定するも、2013年に金子勇は急性心筋梗塞によって逝去。「不世出の天才」と言われたプログラマーの才能、そして日本発で生まれていたかもしれなかったP2P技術を活かした革新的なサービスの可能性は、いわば警察と司直の手によって潰されたわけである

 また、本書の中には、成功を果たしたダニエル・エクが「スウェーデンからテクノロジー企業が次から次へと生まれるのはなぜか?」という問いに答える場面がある。そこで彼が挙げた理由の一つが、スウェーデン社会のセーフティネットだ。

「最悪な事態に陥って倒産することもあるが、それでもここでは自分のアパートで暮らすことができ、食べ物に困ることはない。だからこそ、リスクを取ることが可能になる。リスクを取った人の中からほんの一握りがグローバル企業として躍進できる」

 ダニエル・エクはこう語っていた。その一方で、バブル崩壊から長く停滞が続いてきた日本社会では、特に2004年のイラクでの日本人人質事件を契機に自己責任論が大きく広まった。生活保護へのバッシングや、役所によるいわゆる「水際作戦」が横行し、困窮者の救済はどんどん先細っていった。

 本書を「スウェーデンが生んだ成功物語」として読むならば、そこから「出る杭を打つ国」「リスクをとると自己責任に追い込まれる国」として閉塞感を増していった2004年以降の日本社会の「失敗」を読み取ることもできるだろう。