ストリーミング配信によって音楽の聴き方とビジネスモデルを大きく変革した、スウェーデン発のスタートアップ、スポティファイ(Spotify)。その誕生から成功、CEOダニエル・エクの野心までを追った著書『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』が発売されて約3ヵ月が経った。ビジネス面を中心に紐解いていく同書を、『ヒットの崩壊』(講談社)等の著作で知られる音楽ジャーナリストの柴那典氏は、どう読んだのか。同氏から寄せられた書評をご紹介する。

スポティファイCEOの前に立ちはだかった豪華すぎる“敵役”

「ストックホルムの労働者階級で育った僕のような人間は、聴きたい音楽をすべて買う余裕はなかった。そんな時、98年から99年頃、音楽を全て手に入れる方法を考えたんだ。合法的な手段で手に入れることができ、かつアーティストにも収入をもたらす方法をね」

柴 那典(しば・とものり)
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、ウェブ、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA.NET」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。ブログ「日々の音色とことば」 http://shiba710.hateblo.jp/
Twitter: @shiba710

 スポティファイのCEO、ダニエル・エクはこう語った。2018年4月3日。当時35歳。サービス開始からわずか10年で音楽業界に革新的なビジネスモデルの変化をもたらした彼。ニューヨーク証券取引所で上場を果たし、巨額の富を得て、米CBSの番組『ディス・モーニング』に出演したその日は、いわばその人生のハイライトの瞬間と言ってもいいだろう。彼の人生とスポティファイの勃興をつぶさに追った本書『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』でも、その場面は物語の一つのクライマックスとして描かれる。そこで語られた言葉は、彼自身を駆動するモチベーションでもあり、そして21世紀以降に様々な議論を巻き起こしてきた「インターネットと音楽の関係」を次のステージに導いた強力なアイディアだった。

 スウェーデンの小さなスタートアップ企業として始まったスポティファイは、なぜアップルやグーグルやアマゾンといった“帝国”を敵に回しながら、有料会員1億人を超える世界No.1の音楽ストリーミング企業として成長を果たしたのか? ダニエル・エクや共同創設者マルティン・ロレンツォンを筆頭に総勢約70人にもわたる丹念な取材を重ね、その謎に迫るのが本書だ。

 著者はスベン・カールソンとヨーナス・レイヨンフーフブッド。2人はスウェーデンの日刊経済紙「ダーゲンス・インダストリ」の記者で、それゆえか、基本的にはカルチャーというよりもビジネスストーリーとしての視点で書かれている。そして、冒頭には「スウェーデンのひとりの若者が、誰も想像しなかった世界最大の音楽ストリーミングサービスを構築した感動のノンフィクションである」――と謳われるものの、その筆致は幾多の危機を乗り越えドラマティックな成功譚を綴るようなエモーショナルなものとは少し違う。もっと淡々としている。

 登場人物たちの名前は華々しい。サービス開始からレコード会社とのタフな交渉を強いられるダニエル・エクの眼前にまず立ちはだかるのはスティーブ・ジョブズだ。後にアップルに買収される「ビーツ・ミュージック」を立ち上げたアメリカ音楽業界の最重要人物ジミー・アイオヴィンドクター・ドレー、そしてトレント・レズナーがそれに続く。高音質でアーティストの支持を集める競合サービス「タイダル」をスタートさせたジェイ・Zビヨンセも直接的なライバルだ。ボブ・ディランニール・ヤングテイラー・スウィフトなど大物アーティストの名前も論争を巻き起こしてサービスから作品を引き上げる“敵役”として登場する。

 一方の“味方役”に挙げられる華々しい名前としては、まず筆頭にマーク・ザッカーバーグが挙げられるだろう。スポティファイが大きく認知を広めたきっかけの一つはフェイスブックとの提携だ。そして、ダニエル・エクの人生、そして21世紀の「インターネットと音楽ビジネスの関係」における最大のキーパーソンとなる人物が、フェイスブックの初代CEOでナップスターの共同創業者であるショーン・パーカーだ。