中国を立て続けてきた安倍首相

 振り返れば、日中関係の改善をもたらしたのも安倍政権だった。

 2018年11月に北京で開かれた日中首脳会談を受け、安倍内閣は「日中新時代の到来」と表現し、強い期待をにじませた。「競争から協調」というキーワードも掲げられ、鳴りを潜めていた日中ビジネスが再び動き始めた。

 今年4月には、国賓として習近平国家主席の来日も計画されていた。そのためか、日本ではコロナ禍が深刻化する中で国民が水際対策の強化を訴えながらも、日本政府は中国からの入国制限を速やかに行うことができず、「中国の顔色をうかがってのことでは」との批判が上がった。そういう意味で安倍首相は“限りなく中国を立ててきた政治家”であり、中国国民が高評価するのも一理あるというわけだ。

 日中関係は過去に何度となくアップダウンを繰り返してきているが、01年に就任した小泉純一郎首相による靖国神社参拝をきっかけに、中国で対日感情が悪化し、05年4月には北京や上海で反日デモが起こった。その悪化した日中関係を改善したのが安倍首相だった。06年10月、第1次政権発足後の初外遊先として中国を訪問した安倍首相と胡錦濤国家主席(当時)の間で、「戦略的互恵関係」の概念が築かれた。

 ところが安倍首相が1年で辞任すると、日本では1年交代の短命政権が続く時代となる。民主党政権下では、尖閣諸島国有化を受け、10年と12年に大規模な反日デモが起こり、再び日中関係が冷え込んだ。しかし、12年末に自民党が政権を奪還すると、返り咲いた安倍首相は、6年かけて一歩一歩日中関係の修復を図った。

 中国も意地を張ってばかりはいられなかった。13年に習氏がぶち上げた「一帯一路」構想を進展させたい中国は、日本の協力を必要とした。そのため、双方の対立は「損失につながる」という認識を抱くようになる。

 16年は、日本で安保法案が施行され、関係改善が一瞬遠のく場面もあったが、17年5月に中国外交トップが訪日すると、両国関係は改善に向けて動き出した。同月、北京で開催された「『一帯一路』国際協力サミットフォーラム」には自民党、経団連の幹部が参加し、その翌月、安倍首相は「一帯一路」に対して協力を表明した。