顧客体験の向上が導く
従業員・開発者体験とサービスの向上の好循環

 この連載でも何度か述べましたが、IT活用の促進には「サービスデザイン」の考え方が必要です。プロダクトやサービスは単にユーザーに提供されるだけのものと捉えるべきではありません。提供する側のスタッフの体験も含めた設計が大切なのです。

 前回記事では「スマートショッピングカートの導入による顧客体験の変化が、従業員の変化にもつながった」というトライアルの事例も紹介しました。DXの場としての店舗と、DXの手段となるIT技術を併せ持つ同社だからこそ、顧客体験(CX:Customer Experience)の変化を生むことができ、それを従業員が目にすることもできます。ひいてはこれが従業員体験(EX:Employee Experience)を良くすることにもつながって、DXからCX、EX向上へのポジティブなループとなっているのだと考えられます。

 ところで、ソフトウェア開発の世界にはデジタルトランスフォーメーションとは別に、もうひとつの「DX」があります。それは「Developer Experience」、すなわち開発者体験です。こちらのDXはある意味、従業員体験のEXでもあります。

 ソフトウェア開発の世界でPDCAをすばやく行うためには、開発者が迅速な開発とサービスの継続的な改善を行うことが重要です。開発のスピードを保つには、開発者が「気持ちよく開発・保守ができている」状態を保つ必要があります。このことは、サービスの品質に直結します。つまりユーザー体験、顧客体験につながる要素なのです。

 開発者体験を良くするには、高性能マシンを用意する、コードの管理がしやすい状況をつくるなど、開発環境を整備・改善し続けることが大切です。また“中の人”の体験は顧客の体験が良くなることでも良くなり、顧客の体験も“中の人”の体験が良くなることで良くなるので、好循環を生み出すことができます。

開発者が駆動させるPDCA(c)Tably株式会社/ダイヤモンド社 2020 禁無断転載
拡大画像表示

 私が講演などでよく聞かれる質問で、プロダクトマネジャーや企画者がエンジニアに開発を依頼する際に「エンジニアが言われたことしかやらないが、どうすればいいか。もっと一緒に事業を良くするためにアイデアを出してほしいし、提案してほしいがそうならない」というものがあります。

 この問いに対して、私は「お客さんの喜んでいるところや、困っていたことが解決したところをエンジニアにも見せて、体験してもらいましょう」と答えています。また顧客のメッセージをエンジニアに共有するようにもアドバイスします。この体験が、単に業務としてコードを書く、ソフトウェアを作るだけでなく、「プロダクトを作る」という発想につながると思うからです。

 最終的には顧客に価値を届けることを考える、あるいは誰かが喜んだ顔を想像したり、実際にそれを見る体験をしたりすることで、より能動的にいろいろなことを考えてくれるのではないかと感じます。