従業員体験の向上に
報酬アップは逆効果?

 従業員体験、EXを良くするための手段として、仕事の環境を整備して良くすること、顧客の反応を可視化することを挙げました。では、報酬を上げることでEXは向上するでしょうか。

『モチベーション3.0』(講談社刊)を著したダニエル・ピンクによれば、人のやる気を引き出すには「内発的動機付け」と「外発的動機付け」の2通りの動機付けがあります。

 以前、連載記事「日本人の生産性の低さは「給料」を上げれば全て解決する」の中で、私は「動機付けでは、内発的なものと外発的なもの、どちらもバランスよく設計する必要がある」と指摘し、従業員の集中度や生産性を上げるには報酬を上げればよいと書きました。ただしEXを考えるときには、必ずしも報酬“だけ”を上げれば全てが解決するわけでもないのです。

 人類初期のモチベーション1.0の時代は、生き延びること、マズローの欲求段階説で言えば生理的欲求や安全への欲求を満たすことが人を動かす大きな動機となりました。その後、文明が発達して生存環境に余裕ができると、信賞必罰をもとにした外発的動機付けのモチベーション2.0が有効とされる時代が長く続きました。

 しかし現代になり、人間には従来とは異なる動機付け、すなわち内発的動機付けも重要だと分かってきました。実際に、高すぎる報酬を与えられることでパフォーマンスが落ちるという例もたくさん研究されています。逆に報酬が少なくても、やりがいを持つことでパフォーマンスが上がる場合もあります。ダニエル・ピンクは「組織は内発的動機を高める努力をすべき」と本の中で説いています。

 EXは何のために必要なのでしょうか。それは働くことそのものが楽しい、顧客のためになっている実感が得られるのが楽しいから働くという従業員が増えれば、それが顧客体験を良くすることにつながるからです。内発的動機を高めるためにも、直接接客に携わるフロント担当の人だけでなく、バックで働く人もお客さんの体験を意識できるようになっていけば、事業に好循環が生まれるでしょう。

 とはいえ、以前の記事で述べているように「内発的なものと外発的なもの、どちらもバランスよく」というのが大切なことには変わりません。従業員のやりがいを搾取するのではなく、安心して働ける報酬が下支えとしてあった上で、やりがいが与えられ、能動性が上がれば、従業員のパフォーマンスも上がることと思います。