急かされている気分になったら「本当に急ぐべきか」と自問する
問題はメールや会議だけではない。現代人が毎日処理している情報の量は、めまいがするほど膨大だ。
情報化時代への対処方法を脳科学の視点から解き明かした『The Organized Mind』の著者ダニエル・J・レヴィティンはこう述べている。
「2011年にアメリカ人が1日に処理している情報の量は1986年の5倍だ。そのデータ量は新聞175紙分に相当する。仕事以外の余暇の時間にも、毎日34ギガバイトまたは10万ワードの情報を処理している」。
その結果、人々は常に不安な気持ちにさせられている。僕たちの親の世代なら、手書きの「やることリスト」のいくつかが残っていたら、不安になったかもしれない。
僕たちは受信トレイを空にしたときにちょっとした喜びを感じることはあるが、それすらもどこか他の場所でやり残したことがあるのを忘れているかもしれないという不安で打ち消されてしまう。
”せっかち病”は深刻な症状だ。常に仕事から離れられないと考えている人の不安レベルが高いという調査結果が出ているのもそのためだ。
イギリスでは、従業員が会社を休む理由の半分が、仕事上のストレスから生じた病気によるものだ。仕事の多さやプレッシャーは、僕たちを病気にしているのだ。
この切迫感に抗うために、何ができるか。
まずは、”いつも忙しくしているからといって、良い仕事ができるわけではない”と自覚することから始めよう。
ロンドンの有名な建築家グループの1人から、こんな愚痴を聞かされたことがある。
「会議は、以前は週に1回だけだった。必要なことはその会議ですべて話しあい、あとは仕事に打ち込めばよかった。それが、いまは会議だらけだ。会議についての会議をしているといった有様だ」。
その結果、業績は良くなったのだろうか。
「会社が手がけている建物の数は、以前と変わらない。違いは会議が増えて、仕事がキツくなったことだけさ」。
次に考えるべきは、その仕事の緊急度を見極めることだ。「ASAP」(as soon as possible
=できるだけ早く)という仕事の世界でお馴染みの頭文字は、僕たちの職場に不要な不安を引き起こしている。
ソフトウェア企業ベースキャンプ社の創業者は言う。
「ASAPという言葉は膨張する。いつのまにか、ASAPというラベルを貼ることが、仕事を片づけるための唯一の手段になってしまう」。
急かされているような気分になったときは、本当にそれがASAPでしなければならないものなのかを自問してみよう。
急ぐ必要があるものとそうでないものをうまく分別できるようになれば、自分の心を冷静に見つめられるようにもなるし、周りにも良い影響を与えられる。それは、良い労働環境をつくることへの貢献にもなる。
じっくりと自分と向きあう時間や、あえて何もしない時間も必要だ。心の平穏や静寂を感じる瞬間はストレスレベルを下げるし、創造性も高まる。
「退屈」の研究で知られる英セントラルランカシャー大学のサンディ・マン博士は、デフォルトネットワークの力を利用すべきだと主張している。
「ぼんやりと考えごとをして、心をさまよわせていると、人の思考は意識を超えて、潜在意識に入り始める。それは、さまざまな結びつきを可能にし、極めて大きな価値をもたらす」。
つまりデフォルトモードに入ると、脳の中にある異なるアイデア同士が意外な形でつながり始める。エネルギーは、急いで何かをすることではなく、楽しい夢の状態を歩き回ることへと向けられる。
ただしこの状態に入るには、退屈さとじっくりと向きあう必要がある。携帯電話で遊んだり、オーディオブックを聴いたりしてはいけない。心を刺激から解放しなければならないのだ。
逆に、せっかち病に陥るときは、悪循環に嵌まっていることが多い。
「人はストレスを感じると、注意の対象を素早く切り替えるようになることがわかっている」。この分野の研究者であるグロリア・マーク博士は言う。
当然ながら、落ち着きなく注意の対象を切り替えるほど、さらにストレスは高まる。こうした状態が続くと、長期的に甚大な悪影響も生じ得る。
毎日夜になると、スマートフォンで次々に画面を切り替えながらSNSやネットサーフィンなどをして過ごしている10代の若者を長期的に調べた研究がある。
その結果、2年後、自分の将来や社会問題の解決策を考える際、これらの子どもたちの想像力や創造性が低下していたことがわかった。
冒頭の仕事を終えて帰宅するとしばらくじっと椅子に座っていた父親は、何もしていないわけではなかった。
それは、自由に心をさまよわせるための時間だったのだ。