発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
近著『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が紹介されています。
働かなくても生活することはできますが、生活せずに働くことはできません。仕事第一の人にとって見逃されがちですが、生活術は、仕事をするうえでのとても重要な「土台」なのです。
この連載では、本書から「在宅ワーク」「休息法」「お金の使い方」「食事」「うつとの向き合い方」まで「ラクになった!」「自分の悩みが解像度高く言語化された!」と話題のライフハックと、その背景にある思想に迫ります(イラスト:伊藤ハムスター)。

発達障害の僕が発見した「仕事になかなか着手できず、だらけてしまう」の根本原因

「タスクリストをつくる」というタスクができない!

 僕の周囲には発達障害という問題を抱えた方がそれなりにたくさんいます。コロナ禍がやってきて在宅ワークに移行した周囲の人々を見ていると多動や注意欠陥といったADHD傾向が強い方は生産性が低下し、逆に感覚過敏やある種のセルフルールへのこだわりといったASD傾向が強い人になると生産性が向上している傾向が見られるように思います。

 これは、端的にいえば職場環境で先延ばし癖やあるいは集中力不足といった問題を補っていた人は在宅ワークに移行することによって生産性が下がり、逆に職場環境がストレスになっていた人はその枷が取り払われることによって生産性が向上したということではないかと僕は思います。

 ADHD傾向を強く持つ僕自身もそうなのですが、上司がいて定期的に誰かに進捗を報告し、周囲を仕事に集中する同僚に囲まれている環境はかなりの生産性ブースト効果があります。平たくいえば「一人だとだらけてしまう」ということなのですが、この「だらだら」は意志の力でなんとかできるものであるとは限りません。むしろ、意志の力や頑張るぞという決意などでは何の抵抗力にもならないものだと僕は思います。

 たとえば、営業の仕事であれば目の前にお客様がいますし、事務の仕事であっても周囲が仕事に集中している中、自分だけぼーっとインターネットを眺めているなんてこともやりにくい。この、いわば競走馬におけるムチとしての職場が失われてしまうことによって、仕事の生産性が極端に低下してしまう人は非常に多いでしょう。もちろん、僕自身も仕事における文筆業、すなわち自宅で仕事をする割合が増えるにつれこの傾向はどんどん強くなってきました。

 こういった傾向を持つ方の場合、もちろんたとえばタスクリストをつくるとか、スケジューリングを綿密にやるといったことも必要にはなるのですが、まずそれ以前に「これから自分は仕事に入るぞ」というマインドセットが一番重要になります。タスクリストをつくる気力すら湧いてこないんだ、タスクリストをつくってスケジューリングをやれればそもそもこんな問題は起きてないんだよ! はい、大変よくわかります。

サボりたい気持ちを、手洗いで「溶かす」

 僕は家で仕事をやり始める前に、
「顔と手を洗う→ジャケットを着こむ→机の上をひと通り片づける」
 この一連の動作をルーチンとして必ず行うようにしています。

 もともと手を洗い始めたのは延々キーボードを打っているとものすごく手汗をかき、ひどい手水虫に悩まされたという大変恥ずかしいきっかけなのですが、それでも無心に手を洗っているとあれほど強固だった「仕事したくない」気持ちが少しずつ溶けていくのを感じます。できれば、しっかりと手洗いソープを使ってじっくり時間をかけてひじまで洗ってやるのがベストです。チャチャっとやってしまってはあまり効果が出ません。儀式とはそういうものですね。そして、ジャケットを着こむ頃には(もちろん、運がよければという前置きはあります。儀式の効果が出ない日だってもちろんたくさんある)「よし、やるぞ」と前向きな気持ちになっています。

 在宅ワークでない場合、あなたが会社にたどり着いて仕事を始めるまでには、実にたくさんのマインドセットとなる動作が存在しています。

 朝、目を覚ましたあなたはまず顔を洗うし歯も磨くでしょう。朝風呂派はシャワーも浴びるでしょう。そして、今日着ていくシャツを選びネクタイを締め、スーツを羽織って職場に向かうはずです。在宅ワークによる「だらだら」の一番の原因は、こうした動作が自分でも気づかないうちに失われてしまっているためなのです。