次はこうなる、という社会的想像が働いていない

キム 先生にお聞きしたいんですが、日本は資本主義の一番成熟した段階に入っていると僕は感じているんです。20年ずっと不景気が続いていると言われていたり、世界における経済規模としてのプレゼンスは下がりつつあるということを認識しながらも、では日本人がもう一度経済大国に、世界1位の国になりたいのかというと、そういうムードでもない。

 このままではダメで衰退をしているんですが、ある意味それに対して、居心地の良さを感じている人もいるし、変えるために努力するよりは、ちょっと我慢してゆっくり沈んでいくことを選んでいる人もいるような気がする。これが、不満を持ちながらも投票行動に表れなかったり、投票率に繁栄されなかったり、という結果に表れていると考えています。

 僕自身は、何より内面を変えたり、コミュニティを充実させたり、心が豊かになることを追求していくところが、この成熟資本主義の次に向かうべきところなのか、と思っています。しかし、どこに向けて社会を進歩させていければいいのかという方向感覚を、政治家を含めて誰も持っていないのが、今の実情ですよね。それを模索している最中なのかな、と。

 それが本当に難しいところなんですね。突き詰めると、近代というもののポテンシャル、本来あるべきものをどう見るか、というところに、やっぱり帰着すると僕は思っているんです。日本はそういう点では、非欧米社会の最優等生だったし、模範生として先を進んでいる国のエッセンスをかなり早いうちに学習できたわけです。

 ただ、それがひとつの歴史の転換点みたいなところに来たときに、その先に何があるのかわからない、前人未踏のところに行かなければならない立場になったわけですよね。これは苦しいし、難しい。しかも、1億2000万人を食べさせなければならない。

 僕は具体的には、税制を含めて、北欧並みの体制を作るしかないと思っています。その代わり、住宅、医療、教育、年金は手厚く施す。こんなふうに抜本的に変える。でも、そういう発想ではなく、もう一度、古き良き時代を追い求める人もいるわけです。それでは歴史に逆行するのに、です。日本の国が、アジアに覇を唱えていたような時代に戻りたい、というわけにはもういかないんです。

 企業も、拡大的な経済でなければ成り立たないと、北欧的なものに対する違和感がある。でも、本当の価値創造的な企業は、必ずしもそれを求めていないと思うんです。外延的な拡大よりは、内側の質をより高めて、量的拡大は望めないけれど、高付加価値でしっかりとメイドインジャパンとしてやっていけるものを作りたいという企業ももっとあっていい。

 そういういろんな可能性が開かれるはずでしたけど、今はそうはなっていない。結局、最後は政治がそれに気づくかどうか、だと僕は思っています。フォーディズム時代の大量生産・大量消費の時代はもう完全に終わっているんです。その前提で、社会の仕組みを考えないと。人々がそれなりの豊かさを享受する方法を考えないと。
ただ、新しい社会づくりに一番アジアで近づいているのも日本なんですね。その意味では、トップランナーなんです。良きにつけ、悪しきにつけ、先頭を走っているんです。

キム 次なるソーシャルイメージを描こうという努力は、今の段階では大きな力にはなっていない、と。

 中世から近世、近代に移るときに、社会的な想像が大きく変わっていったわけです。だから、変わった秩序をみんなが受け入れることができた。今は秩序が見えないというより、そういう社会的想像が働いていない

キム そういうイマジネーションが共有されたとき、人間はそれが次なる現実だと思って、その実現のために、疑いなく努力できるわけですよね。そのイメージが今はないし、共有されていない。みんなの方向性がないので、ひとつの勢いになっていないんですね。

 そうだと思います。本来は、政治家がそうしたビジョンづくりをしないといけないんです。政策的に官僚と同じくらいやり合うなんてのは、馬鹿な話で、そんなものは官僚に任せておけばいい。これからの社会はこうなる。こういう社会的な想像を持つことで、今の秩序を変えても人々は受け入れていく。そう人々が思えるような事柄を投げかけてあげるべきなんです。
一番危険なのは、そのビジョンづくりを放棄して、中国や韓国と同じようにイデオロギー的に活力を生み出そうとすることです。もうそんな時代ではないし、中国や韓国だって、それではもういずれ限界が訪れますからね。

 最後にキムさん、僕の家族は日本国籍ですが、もしお子さんが生まれたら、どうしますか。

キム こだわりはまったくないです。国籍の大切さは認識はしていますが、自分の一度の人生として、その枠組みの外で生きたいと僕は思っています。国籍という分類を超えて、考えて、行動したい。もし子どもを持つとしたら、そういう子どもであってほしいんです。国籍は、ある意味人類が作りだした最も大きな分類ですから。排他的な意味での個人主義ではなく、すべてを包み込むくらいの気概やというか器を持って、どんな国籍の人とも関われる、そんな人間を目指してほしいし、僕自身も目指したいと思っています。

 それはすばらしいと思います。『媚びない人生』も、いい本でした。僕は本当にうれしいんです。だって、想像もできなかったんだから。韓国から来た人が、日本の若い人に向けて、こんなすばらしい人生論を述べる時代が来るなんて。またぜひ、一緒に話をしましょう。

「対談 媚びない人生」バックナンバー

第1回 媚びない人生とは、本当の幸福とは何か 『媚びない人生』刊行記念特別対談 【本田直之×ジョン・キム】(前編)

第2回 大人たちが目指してきた幸福の形では、もう幸福になれないと若者たちは気づいている【本田直之×ジョン・キム】(後編)

第3回 日本人には自分への信頼が足りない。もっと自分を信じていい。【出井伸之×ジョン・キム】(前編)

第4回 世界を知って、日本をみれば「こんなにチャンスに満ちあふれた国はない」と気づくはずだ。【出井伸之×ジョン・キム】(後編)

第5回 苦難とは、神様からの贈り物だ、と思えるかどうか【(『超訳 ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(前編)

第6回 打算や思惑のない言葉こそ、伝わる【(『超訳ニーチェの言葉』)白取春彦×ジョン・キム】(後編)

第7回 いつが幸せの頂点か。それは死ぬまで見えない【(『続・悩む力』)姜尚中×ジョン・キム】(前編)


 

 

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定価:1,365円(税込)
四六判・並製・256頁 ISBN978-4-478-01769-2

◆ジョン・キム『媚びない人生
「自分に誇りを持ち、自分を信じ、自分らしく、媚びない人生を生きていって欲しい。そのために必要なのは、まず何よりも内面的な強さなのだ」

将来に対する漠然とした不安を感じる者たちに対して、今この瞬間から内面的な革命を起こし、人生を支える真の自由を手に入れるための考え方や行動指針を提示したのが本書『媚びない人生』です。韓国から日本へ国費留学し、アジア、アメリカ、ヨーロッパ等、3大陸5ヵ国を渡り歩き、使う言葉も専門性も変えていった著者。その経験からくる独自の哲学や生き方論が心を揺さぶられます。

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