インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

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[質問]
 政治に関してどうすればいいのかがわかりません

 こんにちは。

 私は高校生なのですが、政治に関してどうすればいいのかがわかりません。自分が知識不足なのは分かっているけれどどうやってその知識を得ればいいのかがわかりません。

 具体的に言うと、例えば、政治的な内容についてTwitter上で署名やデモが行われているのは分かっているのですが、それについて正確な情報を得ようとしてもどの意見も主観的なものが含まれているような気がしてどれを見ればいいのかが全く分かりません。そして、賛成派、反対派の両方の意見を見ればいいのではと思っても単語が難しく何を言っているのかがわかりません。まだ自分に選挙権がないとは言ってももうすぐ権利が与えられるので、せめても正確な情報だけは得たいと思ってこの質問をさせていただきました。アドバイス、または解決する本を教えていただきたいです。

「わからないから行動しない」は大切な選択肢

[読書猿の解答]
 長くなってしまったので、いくつかのパートに区切りました。

 まずは、短い方針のようなものを3つまとめておきます。

1.わからないときは無理しない
 無理にどちらかの意見を選んだり、行動したりしなくていい。

「わからない」というのも立派な主観であり、「行動せずにとどまる」という大切な選択を支える資源となります。

2.調べて分かることは調べる
 言葉の意味やこれまでの経緯など、調べればわかることは結構あります。

 そして調べてわかることが増えれば、全部はわからなくても、随分気分が楽になります。これが結構大事。

 つまり「わからないままでいる」ことが耐えられやすくなります。

3.わかりやすい意見や見方に飛びつかない
 政治家や政治的な意見や行動を扱う人たちは、ひどくわかりやすいことをいう時があります。

 わかりにくい話は、多くの人が好きではありません。ぱっとすぐにわかるようなことを言う人は人気が出ます。言うことが後でウソだとわかった場合でも。

 詐欺師がよく使う手は、相手に冷静な判断をさせないよう、「すぐに結論を出せ」といった状態に追い込むことです。実は「わかりやすい話」もこれと同じ効果があります。

 人間の脳は怠け者で、コストが高い《深い思考》には、なかなか出番を回しません。深い思考に出番が回るのは、《素早い思考》(直観)ではどうもうまくいかないなと感じた時です。政治が扱う問題は、多くの場合、簡単なものではありません。それをパッと分かるように語る人、説明する人、そして決断を迫る人がいたら、「わかりやすさの詐欺師が出た」と思って、その場から距離を取りましょう。

 ここからは余談です。最初に書いていた部分ですが、長すぎたので、後ろに回しました。

 あなたのような人のために、ヒトの認知特性から説き起こして、倫理、宗教、経済、社会と巡って最後に政治にたどり着く入門書を書きたいとずっと思っているのですが(なので第1章は「政治家はなぜ嘘をつくのか」です)、あちこちでお話しているものの「高校生には難しいのでは?」「政治の本って売れないんですよね」と中々よい返事が得られません。私がもうちょっとエラくなったら企画として実現するかもしれないので、がんばります。

「異なる主観の扱い方を考える」これが政治を学ぶべき理由です

 さてご質問の中で気になったことを取り上げます。

 まず「賛成派、反対派の両方の意見を見る」のはよくある方法ですが、あまりによくあるのでハックしやすい脆弱性を持っています。たとえばあまりにひどい(例えば他人を傷つけるような)意見や行動も「反対派を抑圧するのはいけないことだ」などと防御することだってできるからです。

 賛成派 対 反対派 というのは「わかりやすさの詐欺師」がよく使う手です。本当はもっと分かりにくいが大切な話が隠れている、と思った方がよいです。

 最後に、意見はもちろん、情報にもかならず主観が混じっています。簡単な例を挙げると、ある情報を伝えて別の情報を伝えないと言った選択に主観が入ります。「主観的なものが含まれている」からと捨てていては、あらゆる情報を遮断することになりかねません。そしてその先にあるのは大抵最悪の選択肢です。

 これはあなただけではありませんが、日頃マシュマロを受けていて、特に若い方からのご質問に主観的なものに対する否定や軽視を色濃く感じます。日頃どれだけ自身の主観を周囲に否定され続けておられるのかと、心配になるほどです。

 誰か(例えばあなた)の主観が軽んじられ否定されるということは、誰か(あなた)の存在が軽んじられ否定されるということです。人にはそれぞれの都合や立場があり、そのため互いの主観はいくらか重なり合うこともあれば、食い違うことも、対立し合うこともあります。

 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で最終稿からは消された言葉ですが
「みんながめいめい自分の神様を本当の神様だと言うだろう。
けれど違う神様を信じる人のしたことでも涙がこぼれるだろう。」

というものがあります。

 重ならない主観を持つ人達も、私と何の関係もない訳ではない。ひどく関わることになる場合だってある。そして私達は互いの主観を確かめ合えないほど大きく複雑な社会に生きています。

 異なり対立し合うことすらある主観と主観をどう扱えばいいか。これがこの世界に政治が必要となる理由、そして政治家に任せるには政治は重大すぎる理由です。