『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

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[質問]
 仕事が見つからないのですが、自分の力ではどうしようもありません

 読書猿さんの著作やブログなどを読んでいると、とにかく自力で変えられるものを変えるしかないのだということはわかります。私が今直面しているのは専ら労働のことで、要するに仕事が見つからないのですが、ここで変えられない制約条件は大きく分けて以下の3点かと思います。

1、自身の性格や適性の制約(発達障害やメンタルの問題から、問題なく続けられる仕事が限られる)
2、労働市場の制約(自身の労働市場における価値)
3、時間、経済的制約(労働者としての価値を高めるには時間≒金が必要)

 で、このように考えていると仕事探しの問題はつまるところ、自身が労働市場において低い価値しかないという外的な制約に行き着いてしまうように思います。

 だとしたら自身の労働者としての価値を上げるしかないのですが、スキルや経験の蓄積を行うには結局のところお金(やお金によって得られる時間)の投入が必要です。しかしまともな条件の仕事がないため資本の蓄積が不可能で、そういう境遇はメンタルにも悪影響を与えています。

 で、これらの制約は回避しようにもどうにもならない類のものだと思います。自身の性格や適性についてはある程度変化させることができますが、多少ポジティブな変化が生じたとしても、他の2つの制約によって遅かれ早かれ元に戻ってしまいます。特に、自分が市場において大した価値がないという点は如何ともしようがありません。

 少しでもマシな生活を手に入れるために、この状態からどのような取り組みができると思いますか?

[読書猿の回答]

あなたは「市場価値の低い人」ではありません

 解き難い問題に直面していると感じる場合に見るべきは、問題解決のためのリソース(大抵は足りない、今回は自分の能力)ではなく、問題の定義の方です。

 問題の定義を分解していくと、多くの場合、間違った概念が(時には複数)出てきます。例えば、私が再三批判している「◯◯力が足りない」という問題定義に含まれる「◯◯力」というのがその典型例です。

 間違った概念は、自己成就的予言の効果を持っています。間違った概念に基づいて問題を定義し、その解決のために行動(努力)すると、間違った概念が事後的に正当化されます。するとますますその概念(と問題設定)から離れがたくなり、問題自体を再生産することになります。

間違い1:「市場価値」は能力で決まらない

 今回のご質問の中で、一番に取り上げるべき間違った概念は「労働市場における価値」です。この価値の評価は商品化されていますが、多くはビジネススキルや性格特性を得点化したり、職歴と転職後年収を統計処理したものです。これら評価における素朴な(そして間違った)前提は「性能の高い商品はそれだけ高く売れる(はず)」というものです。

 少しでも自分で商品を売ったことがある人なら、このような前提は一笑に付すでしょう。どれだけよい商品でも買い手がいなければ値は付きません。そして買い手(候補)がどれだけその商品が気に入って欲しがっても、支払えるお金が限られるなら、やはり高い値は付けられません。また、よい商品がたくさんあっても、必要な数が1つなら、予算がいくらあったとしても購入されるのは1つでしょう。

 労働市場に話を戻すと、賃金水準に影響を与えるのは、商品=はたらく人の能力・特性よりも、買い手=雇い主の事情です。

 同じスキル・特性の持ち主でも、雇われる企業の状況によって、求人数も賃金水準も大きく異なります。

 大雑把に言えば、高い利潤をあげている企業は(その気になれば)高い賃金を支払うことができるでしょう。加えて成長している企業は(人を増やし事業規模を拡大できればより儲かるので)高い賃金の求人を出す動機があります。

 また利潤率や成長率は一つの企業の行動(努力)で決まるというより、当該分野や関連する市場その他に左右されます。

 極端な例を出せば、衰退するデトロイトの大卒者の賃金より、ハイテク産業で働くシアトルの高卒者の賃金の方が高い。ハイテク企業で働く技術者だけが高給なのではなく、彼らが街で衣食住により多くの費用を払うので、ハイテクと無関係な、例えばウエイターの収入水準が上がったり、ヨガインストラクターの数も増加します。

(参考文献:『年収は「住むところ」で決まるー雇用とイノベーションの都市経済学』

間違い2:「求められる人材」は企業により変わる

 さらに必要な人材というのも、企業の状況によって大きく異なります。「なんでも出来て人当たりのいい人材」を求める会社もあれば(得点の積み上げ式である人材市場価値の評価法で評価が高くなるのはこちらですが、ここで求められているのは言葉は悪いですがコモディティ化した人材で、こうした求人は必要な人材を定義できない、誰かが辞めたから穴埋めで人を雇おうとしている会社から出されるので賃金は高くありません)、「尖った能力を持つ人材」を求める会社もあります(数は多くありませんが、この求人を出せる会社は利益率も成長性も高く、雇うべき人材の定義もはっきりしているので高賃金を提示できます)。

制約は変えられなくても、認知は変えられます

 ご質問の最初の問いに答えるなら、制約自体が変えることができないときも、制約についての認知や制約の定義は変えることができる、となります。

 この認知や定義は、気持ちの持ちようだけでは変えることはできません。
(1)問題状況がどのような悪循環によって維持・再生産されているのか(これをあなたは発見されました)
(2)次にその悪循環の中のどこにどんな認知が埋め込まれ、悪循環という鎖の輪をつないでいるのか
(3)その認知はどんな信念や証拠に支えられているのか
(4)その信念や証拠は、悪循環の外でも妥当なものか
を考えていくことで、変えること(再定義すること)ができます。
 最後に付け加えるなら、上記の点検作業には、いくらかの知識と、それを集め用いる知的習慣が必要になります。