軽自動車がなくなるとすれば
行政や産業界の意思が働いたとき

 軽自動車のハイブリッド化やBEV化についてつらつらと仮説を立てたが、電動化そのものが軽自動車の死命を制するということは恐らくない。軽自動車がなくなるとすれば、序盤で述べたように行政や産業界の意思が働いたときだ。

 鹿児島のド田舎出身の筆者としては、地方部の人々が低コストで移動の自由を享受できる軽自動車の迫害には絶対反対である。チョイ乗りレベルの2人乗りシティコミュータなどで移動の自由が担保されることもない。地方の交通実態を知っている人なら誰でもそう思うことだろう。軽自動車の廃止に賛成することがあるとすれば、小型車の運用コストが今の軽自動車レベルにまで引き下げられるときのみだ。

 純ガソリン車廃止の目標として掲げられた2030年代半ばまで、あと15年ほどの猶予がある。その間、軽自動車を生業とするメーカーはしっかり基盤技術を養い、ハイブリッド化や電動化程度の話で軽自動車が潰されることなどないということを目にモノ見せていただきたい。

 技術・コストの両面でそれができないということはないと思うが、もし音を上げるようなことがあったら、その時は世の中の動きが正しかろうと正しくなかろうと、その動きをキャッチアップできなかった企業として、静かに退場すればいいだけのことだ。今後の展開が興味深いところである。