この社長は、(1)直接ビジネスに使えそうな情報の収集については、ほとんど問題がないという。取引関係との商談、業界関係者との情報交換、顧客の購買データから見た分析など、特に普段から業務を通して会う人たちで、相手の人となりもよく分かっている人とのやりとりにおいては、むしろ世間話をする習慣がなくなり、短時間に要領よく話が進むので、ずいぶん効果的かつ効率的になった。
ところが、(2)将来の潮流に関するヒントの発見や(3)これから旬になる人の発掘ができていないと嘆く。
(2)は、たとえば、自分があまりよく知らない人たちが集まる場所に出かけ、彼ら彼女らがどんな服装をしていて、どんな会話を交わしているか、興味関心の対象は何か、社会で起こっている出来事をどのように解釈しているのか、といったことから、将来どのようなトレンドがやってくるかを想像するためのヒントを見つける行為である。
SNSに書かれていることを丹念に見ればよいという考えもあるかもしれないが、公開される情報は読まれることを念頭に置いたうえでの発言であるから、いわゆるポジショントークがほとんどである。また、個人ではなく、面白そうな人の集まりが生み出すエネルギーの強さと方向性から時代性を感じ取ることも可能になる。これらについては、対面コミュニケーションが制限されているコロナの状況下において、まったく分からなくなってしまっているという。
(3)は、(2)にも関係するが、「次に来る」人が誰なのかを早めに見つけ、関係性を作ることである。現状はこれもとても厳しい。既にメディアに少しばかり出ている人の中からダイヤの原石を発見することもできなくはないだろうが、そういう人は他社によって発見されている可能性が高い。そして、その人が本当に良いかどうかは、やはり自社との相性の判断も含めて、実際に会ってじっくり話してみないと分からないと、この社長は言う。初対面の人とオンラインで話をしてみて善しあしを判断することは「無理」とのことである。
ゆえに、この社長にとって現在の当面の心配は、時代のトレンドが見えず、また「次に来る」人の発掘が滞っていることである。
しかしながら、より本質的な懸念は、これまで培ってきた「自分の感性」が、コロナによる活動の中断によって、鈍くなったり、社会と合わなくなってしまったりする可能性にあるという。実は、感性的なコミュニケーションの達人にとってこれは由々しき問題である。
ある会食で経験した達人同士の
「しびれる交渉」とは?
そのような話を聞いた後で、私は過去に経験したある会食を思い出した。
私は、経営者の秘書的な業務を長年行っていたので、傑物といわれる人たちの感覚的かつ巧みなコミュニケーション術をかなり見てきた(自分はできないが)。
ずいぶん前の話になるが、企業間の重要な提携交渉が大詰めに近づいた際に、経営者同士が食事をすることになった。私は一方の企業の側から、立会係として同席することになった。提携交渉については、まだ重要な懸案が残っており、事務方からは経営者同士で話をして解決してほしいと言われていた。