1980年代の後半から90年代前半くらいの、いわゆるバブルの時期の話だ。当時、日本の多くの生命保険会社、信託銀行、運用会社などのファンドマネージャーの中には、証券会社の接待を恒常的に受けていて、接待に対する返礼として株式や外国債券などの発注を証券会社に回していた者が相当数存在した。

「気ぃ使わんでええから、カネ使うてくれ」
「俺の肝臓は武器なんだ」

 当時の筆者の同僚には、月曜日から金曜日まで連日飲食の接待を受けて、土曜日にはゴルフで接待されるような人物もいた。別の会社に転職しても頻繁に接待を受けていて、「気ぃ使わんでええから、カネ(を)使うてくれ」と証券会社に言う癖がある人物がいた。この人物のことを面白おかしく雑誌の原稿に書いたら、「俺のことを書きやがったな」と怒った人物が社内に3人いた、ということがある。

 ちなみに、顧客のお金を運用するいわゆる機関投資家の世界はその後、年金基金などのクライアントの目を意識するようになって証券会社からの接待に対して厳しくなった。運用担当者が証券会社の社員と会食する場合、事前に届け出を行って上司の承認を得て会食し、会計は割り勘を原則とする、といったレベルのルールを設けて厳格に守っている会社が多数ある。運用業界の名誉のために付記しておく。

 その後、筆者は外資系の証券会社に転職した。以前と逆の立場に回ったわけだ。同僚のセールスマンの仕事ぶりを見ると、確かに接待は発注、すなわち手数料収入に直結する分かりやすい手段だった。接待費の精算を決済する上司の判断基準は、「掛けた費用以上に手数料が入るなら、いくらでも問題なし」だった。

 セールスマンの中には、昼はランチで機関投資家Aを接待し、夜は前半に機関投資家Bを、そして後半に機関投資家Aダッシュ(A社の昼とは異なる人選)を接待するような猛者もいた。三食いずれもアルコール付きだ。「俺の肝臓は武器なんだ」という彼のせりふが今も頭に残っている。

 さて、「掛けた費用よりも得られる利益の方が大きい」限り、接待をする側に明確な動機がある以上、接待をなくすことは難しい。

 会社の費用で接待費を処理されることを警戒する顧客もいたが、こうした顧客には自腹で接待して領収書をもらわずに済ませるセールスマンもいた。顧客から得られるディールが彼にもたらすボーナスが接待費よりも大きいのであれば、彼にとっては合理的なのだ。

 接待する側では計算と合理性が働いている。接待費を経費として認めないことにしても接待はなくならないだろうし、飲食を禁止しても別の形態の「接待」が開発されるはずだ(例えばオンラインでできる接待の方法を募集すると、多数のアイデアが集まるだろう)。

 一般的に言って接待は、される側よりもする側の方が圧倒的にもうかるものだ。