いま若い世代を中心に仕事の選び方や働きがいが多様化し、年収や社会的地位を第一にした働き方よりも、サステイナブルで利他的な働き方を選ぶ人が増えている。
変化の激しい予測不能な時代においては、安定したキャリアパスや人生プランを設計するのが難しくなり、誰もが自分のいる場所と、これから目指すべき場所をみずから見つけていかなければならない。そのため、「自分のやりがいとは何か?」という問いに向きあって「パーパス(存在目的)」を考えることが重要になる。
そこで今回は、ハーバード・ビジネス・レビューEIシリーズの最新刊『働くことのパーパス』に前書きを寄せた、戦略デザイナーとして企業のビジョン構築支援などを手がけている株式会社BIOTOPE代表の佐宗邦威氏と、慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント科教授で、同シリーズの創刊タイトル『幸福学』の序文を著した前野隆司氏が、個人や組織にとってのパーパスや幸せのあり方について語った、ダイヤモンド社「The Salon」のイベントを全3回のダイジェスト版でお届けする。(構成/根本隼)

なぜ、「幸せな社員」は「不幸せな社員」より創造性が3倍高いのか?VUCAの時代に「やりがい」が大事にされるわけ【「佐宗邦威×前野隆司」対談(上)】Photo: Adobe Stock

パーパスと幸せ、創造性は全てつながっている

前野隆司(以下、前野) 私は「幸せ」の研究に長年取り組んできましたが、パーパスを持つことと幸せであること、そして創造性を発揮することは、全て本質的に近い概念だと考えています。

なぜ、「幸せな社員」は「不幸せな社員」より創造性が3倍高いのか?VUCAの時代に「やりがい」が大事にされるわけ【「佐宗邦威×前野隆司」対談(上)】前野隆司(まえの・たかし)
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授等を経て現職。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼務。博士(工学)。著書に『脳はなぜ「心」を作ったのか』(ちくま文庫、2004年)、『幸せのメカニズム』(講談社現代新書、2013年)、『幸福学×経営学』(内外出版社、2018年)、『幸せな職場の経営学』(小学館、2019年)ほか多数。

 第一に、「幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高い」という研究からも分かるように、幸せと創造性は相関関係があります。また僕が分析した、持続的な幸せへと導く4つの因子の中に「やってみよう」因子という主体性に関わるものがあります。これは、やりがいやパーパスがある人は、生き生きと主体性を持って働くので幸福度が高くなる、ということです。

 そのため、パーパスと幸せ、そして創造性は全てつながっていると言えます。

アートを通じて「自分らしさ」を発見

前野 僕自身のパーパスは、みながそれぞれの個性を生かしながら幸せに生きていく社会をつくること。創造性と幸せは相関が強いので、佐宗さんが構想している「大人と子どもが創造性を発揮できる社会」というのも実質的に一緒だと思います。佐宗さんのパーパスは、どんな経験から導き出しましたか?

佐宗邦威(以下、佐宗) いま、僕個人のパーパスは、「全ての大人が創造的に生きることで全ての子どもが持っている創造性を解放できる社会を作る」ということです。僕は20代の頃に論理的思考に偏りすぎて、自分をメンタル面でコントロールできなくなった時期がありました。人間の頭にはもっと自然な思考法があるはずなのに、「必ず答えはある」という考えに固執して、精神的にしんどくなってしまったんです。

なぜ、「幸せな社員」は「不幸せな社員」より創造性が3倍高いのか?VUCAの時代に「やりがい」が大事にされるわけ【「佐宗邦威×前野隆司」対談(上)】佐宗邦威(さそう・くにたけ)
株式会社BIOTOPE CEO / Chief Strategic Designer
東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科(Master of Design Methods)修士課程修了。P&Gにて、ファブリーズ、レノアなどのヒット商品のマーケティングを手がけた後、ジレットのブランドマネージャーを務めた。ヒューマンバリュー社を経て、ソニー株式会社クリエイティブセンター全社の新規事業創出プログラム(Sony Seed Acceleration Program)の立ち上げなどに携わった後、独立。BtoC消費財のブランドデザインや、ハイテクR&Dのコンセプトデザイン、サービスデザインプロジェクトを得意としている。 著書に、『ひとりの妄想で未来は変わる VISION DRIVEN INNOVATION』(日経BP)、『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN 』(ダイヤモンド社)、『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)。 多摩美術大学特任准教授。大学院大学至善館准教授。

 その時、僕はデザインやアートの世界に出合いました。特に印象的だったのは自画像を描くワークショップに参加した時で、自分の頭のモードをビジュアル脳にスイッチさせることができるという感覚をつかみました。

前野 自分自身で実感したということですか?

佐宗 そうです。その出合いがあった時、自分が持っている能力の半分も使えていなかったということに気づきました。ビジュアル脳を使い、それをデザインしたり表現したりする行為は、自分の内面の世界と外側の現実を往復することであり、それを繰り返していくと自然とその人らしくなる、という感覚がありました。僕が創業した戦略デザインファームBIOTOPEでは、人がその人らしさを発見し、創造性を解放して、自分なりのビジョン、つまり希望の物語と体験を広めることに取り組み続けています。

経営が変われば、個々人が創造性を発揮できる

佐宗 子どもは、組織や体制の常識の枠にはまらずに、創造的に生きていますよね。でも、大人が従来の組織の中で常識はずれな行動をとるのは難しい。ならば、大人が所属する組織の構造を変えることで、大人も創造性を発揮できるようになるはずです。

 この個人的なパーパスをより広げていくために、BIOTOPEでは、経営の中でデザインやビジョンを創造する場を作って、それを企業の事業戦略や組織戦略とつなげる仕事をしているのですが、企業経営という場は特に重要なレバレッジポイントだと考えています。

 経営が変われば、企業で働いている人の頭の使い方も変わります。企業だけでなく、公的機関や教育の世界にも波及していきますし、特に企業現場で働きながら子育てをしている世代が変わると子どもにも影響が及びます。自分のビジョンから始めて、創造できる人が増えれば、あまり資源を使いすぎずに自己充足して生きていける人が増えていくはずだと思っています。