コロナが明けたら、
経営者はシリコンバレーと中国に行くべき

入山 最大の鍵は、経営者です。別に経営者がコンピュータサイエンティストである必要はないし、デジタルがめちゃめちゃ詳しい人である必要もないけれども、会社全体が変化して、新しい価値を生み出していく道具立てがデジタルであり、デジタルを使えば、こんなふうに自分たちのパーパスを実現できるという感覚を経営者がもっていることが重要です。ちょっと予算をつけて「AIなんちゃら」をとりあえず試してみたら、何か出てくるんじゃない? と軽く考えているだけでは、結局何も出てきません。

 会社を変えて新しい価値を生まなければ生き残れないという強い危機感を、経営者がもっていることが不可欠です。残念ながら、コロナ以前はそういう危機感をもっていない会社が多かったわけですが、コロナをきっかけにそのあたりの意識はだいぶ変わってきた。コロナが明けたら、経営者はみんなシリコンバレーと中国に行ったほうがいいと思っています。

堀田 なるほど。

入山 日本にいると、AIがどれほどの破壊力を秘めているか、どんなにすごい変化が起きるか、あまり実感できないけれど、現地に行けば、それが嫌でも目に入る。これは人から聞いた話なので、真偽のほどはわかりませんが、トヨタがAI研究所を設立するなどAIに巨額の投資をするようになったのは、豊田章男社長がシリコンバレーに行かれたときに、街中を走っている車がみんなテスラだという現実を見て、背筋が凍った経験があったからだと言われています。このままだと全部テスラにリプレースされてしまうという危機感があるから、あれだけすごい投資ができるわけです。

堀田 臨場感が大事なんだと思います。こんな会社がこうやってます、というコンサルタントのレポートを見たところで、臨場感が足りないと意思決定に踏み込めない。感情で動く部分がないからです。その意味で、実際に現地に行って自分の目で見てくるというのは、大事なのかなと。

入山 そうです。余談ですが、僕はビジネススクールの教員なので、ビジネススクールの経営も考えないといけないんです。するとみなさん、同じ国内で慶應や一橋のことを見るんですが、本当の脅威はもっと別のところにある。

 僕がいま、ビジネススクールの最大のライバルになるのは、オンラインサロンだと思っています。つまり、ビジネススクールの知識なんて、デジタルでコモディティ化されてしまうので、誰でも手に入る。ナレッジ自体で差別化できなくなれば、「この人に会いたい」「この先生に相談したい」ということに価値が出てきます。それをデジタルでやると、オンラインサロンとイコールです。

 僕は自分でもオンラインサロン的なことをしているし、まわりの経営者がやっているサロンにも参加して、現場を見ているから、それがわかるわけです。だから、いろんなところに行って、現場の臨場感を肌で感じることで、自分たちが変わらないとやばいという危機感をもつことは重要です。

マザーズ上場で満足している場合じゃない

平野 大企業に危機感が足りないというのもそうなんですが、実は、スタートアップも危機感が足りないのではないかと思っています。時価総額1000億円クラスの日本のスタートアップは、マザーズのユニコーンを合わせると40社くらいあるのですが、時価総額1兆円にまでなる会社はほとんどありません。楽天とZOZO、サイバーエージェントの3社くらい。アメリカや中国と比べると、あまりに少なすぎる。1兆円企業を増やしていくには、どうすればいいのでしょうか。

入山 まったく同感で、僕もそこに強い問題意識をもっています。僕は「マザーズを解体したらどうか」と言っているんです。

堀田 おおお。

入山 2022年4月には、東証がスタンダード、プライム、グロースの3つの市場に再編されて、多少はよくなると思いますが、少なくともいまみたいなゆるい上場基準でやる意味はない。売上10億、20億円で時価総額100億円くらいのベンチャーをなんで上場させるんだと。もちろん上場まで行くベンチャーはすごいし、たいへんリスペクトしていますが、とはいえ、日本は海外と比べて簡単に上場できてしまうのも事実です。その結果、ベンチャーがグローバルを目指さない。日本のスタートアップのエコシステムは国内で閉じているので、グローバルで勝負しようとしないわけです。

 これは、僕だけが言っているのではなくて、日本を代表するようなベンチャーキャピタリストの中にも、同じようなことを言っている方がいます。

 実際、僕のところにもたまに相談があって、「入山先生、我々もそろそろ上場しようと思います」というので、「シリーズ(資金調達のステージ)はいくつですか?」と聞くと「Cです」という答えが返ってきてびっくりするわけです。WeWorkなんて、シリーズHでもまだ上場していないのに。

 もちろん、シリーズCくらいになると、投資家のプレッシャーが来るのはわかります。レイターステージから入ってきた投資家は利益を確定させたいから、「上場しろ」と言ってくる。「グローバル化するな、どうせ勝てないから」みたいなことを言う投資家がいるのも知っています。すべてがそうではないけれども、一部ではそういう残念なことが起きていて、個人的にはすごくもったいないと思っています。

日本で時価総額1兆円超のベンチャーが育たない決定的な理由【ゲスト:入山章栄さん】平野未来(ひらの・みく)
シナモンAI代表
シリアル・アントレプレナー
東京大学大学院修了。レコメンデーションエンジン、複雑ネットワーク、クラスタリング等の研究に従事。2005年、2006年にはIPA未踏ソフトウェア創造事業に2度採択された。在学中にネイキッドテクノロジーを創業。iOS/Android/ガラケーでアプリを開発できるミドルウェアを開発・運営。2011年に同社をミクシィに売却。ST.GALLEN SYMPOSIUM LEADERS OF TOMORROW、FORBES JAPAN「起業家ランキング2020」BEST10、ウーマン・オブ・ザ・イヤー2019 イノベーティブ起業家賞、VEUVE CLICQUOT BUSINESS WOMAN AWARD 2019 NEW GENERATION AWARDなど、国内外での受賞多数。また、AWS SUMMIT 2019 基調講演、ミルケン・インスティテュートジャパン・シンポジウム、第45回日本・ASEAN経営者会議、ブルームバーグTHE YEAR AHEAD サミット2019などへ登壇。2020年より内閣官房IT戦略室本部員および内閣府税制調査会特別委員に就任。2021年より内閣府経済財政諮問会議専門委員に就任。プライベートでは2児の母。