自分の喜怒哀楽を大切にしよう

「対話に臨むほうが実践的」という私の主張を真剣に受け止めたマネジャーの方が、あるとき、こんな話をしてくれました。

「部下のナラティヴを知ろうと、一所懸命、話を聴いたけれど、だんだん腹が立ってきてつい怒ってしまった」

 対話に臨むうえで、善人になろうとする必要はありません。それより、自分が何をしたいか、何に困っているかをよく理解することが肝心です。

「自分はこういう理由でこのことが心配だし、そのことで部下が動かないことに困っている。だから部下にも協力してもらいたい。そのために彼らが協力してくれるポイントを探ることが自分にとって今必要なことだ」と自分なりに棚卸しすることが大事ではないでしょうか。

 とりわけ、今何が心配で、何に困っているかという感情面について自分自身を観察できなければ、相手の観察は焦りや不安に歪(ゆが)められたものになってしまいます。

 こうした自分なりの棚卸しをしたうえで、今日から部下に対するアプローチを少しずつ変えてみようと思えるのではないでしょうか。かつて怒ったことは決して無駄ではありません。

 もちろん、相手を傷つけたらそのことは詫びる必要があります。しかし、怒るのは、自分の中で大事にしているものが侵害されたり、恐れを感じたりしたときでしょう。

 このとき、「あれ? 自分は何に腹を立てたのだろう?」と一度センサーを働かせて考えてみると、自分の感情が何によって動かされているのか、何に困っているのかが見えてくるでしょう。

 そうすると、「ああ、自分はこういう反応や解釈をするのだな」「こういう気持ちでいたのだな」「これが大切だと思っていたのだな」と棚卸しできる入口になると思います。

 対話に臨む方は、自分の感情の動きを決して抑えることなく、大切にしてください。喜怒哀楽を抑えて卑屈にもならず、同時に相手に無作法に感情をぶつけもしないでいきたいものです。

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宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。