それから私のように、ちっぽけで気の弱い人間ができることは一体何だろうと考えるようになりました。本書はその一歩として著しました。

 最も大きなものは、北海道浦河町にある精神障害ケアのコミュニティ「浦河べてるの家」での実践です。浦河べてるの家で最初に行われ、全国に広まった当事者研究の取り組みからは、医学的な意味での病気を治すことではなく、その背後にある各々の人生の苦労に向き合いながら、病気や仲間とともに歩む実践を学ぶことができました。単によい実践を行うだけでなく、一定の仕組みとして整備されることで、多くの人が恩恵を受けました。これは、本書が目指したところでもあります。

 また、薬物依存症ケアの研究と実践も大いに参考になりました。とりわけ、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長兼薬物依存症センターセンター長の松本俊彦先生は薬物依存症ケアのプログラムSMARPP(スマープ)(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program:せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム)という具体的な実践の仕組みをつくり、展開されています。多くの人たちが参加できるこの取り組みは、大変素晴らしいものです。

 この本で書いたこと、研究を通じてわかったことは、ごく一部です。しかし、私たちが目の前の現実で芽生えた違和感や見すごせない心の動きを、どうやって現実を変えていく力にできるのか。どうやったらその役に立つことができるのか。これからもこれをテーマに研究と実践を重ねていきたいと思います。

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宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。