厳密な数字での予測は
「間違った正確さ」である
――COVID-19のワクチンについて、ファイザー製は90%以上の有効性があると報告されています。ワクチン接種については、どのような要素を考慮するべきでしょうか。
マンスキー それについてはずっと考えていました。現在わかっているのは短期的な有効性で、半年や一年間、あるいは十年間有効かは明確ではありません。有効性のデータは、ワクチンを接種した場合としていない場合で、実際に感染した人の数に関するものです。
ワクチン接種が重要なのは、感染者がほかの人にうつすのを予防するためです。しかしファイザーや他の製薬会社が収集しているデータをみても、それぞれのワクチンの予防性について明確に教えてくれない。それはかなり重要な不確実性です。
――COVID-19についてより良い政策形成を行なうためには、必要なデータが欠けていますね。もしも必要なすべてのデータがそろったとしても、「最適な政策」の実施は難しいでしょうか。
マンスキー 完全なデータが必ずしも良い政策に結びつくとは限りません。どれだけ論理的な「モデル化」を進めたとしても、人びとの行動という複雑な要素が絡んでくるからです。マスクを着用するかどうか、ソーシャルディスタンシングを守るかどうかなど、人びとがどのように行動するかを予測しなければならない。これは社会科学でもあり、経済学の問題でもあります。
しかし、疫学の観点からみれば、重要なのは感染について予測することでしょう。以前より研究が進んでいるのは間違いありませんが、COVID-19が空気を通してどれほど感染するのか、抗体を保有すれば再感染しないのかなど、不透明な部分が少なくない。データを得ることはもちろんプラスになるものの、人間の行動の問題も扱わなければ、正確な予測はできません。
――各国が政策形成のために活用している数理モデルだけに頼っていてはいけない、ということでしょうか。
マンスキー 残念ながらそうです。私は経済学者ですから数学も数理モデルも理解していますが、問題なのは、モデルを作成する人たちが非常に厳密な予測を提供することです。彼らが数理モデルを用いると、たとえば「この期間までの死者数は29万3642人になる」という。もちろん私は、その数字を聞いて「ワオ! 29万3642人の死者数とは大変だ」とは反応しません。それほど厳密な数字の予測は現実的ではないからです。
29万3000人プラスマイナス1000人でもまだ厳密すぎると思います。部分識別や区間予測に基づけば、妥当な予測は10万人から35万人のあいだでしょう。しかし彼らはそれほどの範囲を明示しない。たとえ数理モデルによる計算で細かい数字を出したとしても、それは「間違った正確さ」です。