「うちにはデータがないから、
AIは使えない……」と諦めなくていい

夏野:でも、APIでデータを出せるようにして、それがきちんと回り始めるまでには、やっぱり時間がかかるんです。正直、3年はかかるなという実感ですね。最近ようやく成果も出てきて、プロジェクトに参加している人たちの意識も変わってきました。あとは、基本設計もフレキシブルに変えていく。これがすごく大事だなというのが、いまのところの学びです。

「部門予算」でDXをやる会社が、3年後に後悔すること【ゲスト:夏野剛さん】 堀田創(ほった・はじめ)
株式会社シナモン 執行役員/フューチャリスト
1982年生まれ。学生時代より一貫して、ニューラルネットワークなどの人工知能研究に従事し、25歳で慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了(工学博士)。2005・2006年、「IPA未踏ソフトウェア創造事業」に採択。2005年よりシリウステクノロジーズに参画し、位置連動型広告配信システムAdLocalの開発を担当。在学中にネイキッドテクノロジーを創業したのち、同社をmixiに売却。さらに、AI-OCR・音声認識・自然言語処理(NLP)など、人工知能のビジネスソリューションを提供する最注目のAIスタートアップ「シナモンAI」を共同創業。現在は同社のフューチャリストとして活躍し、東南アジアの優秀なエンジニアたちをリードする立場にある。また、「イノベーターの味方であり続けること」を信条に、経営者・リーダー層向けのアドバイザリーやコーチングセッションも実施中。認知科学の知見を参照しながら、人・組織のエフィカシーを高める方法論を探究している。マレーシア在住。『ダブルハーベスト』が初の著書となる。

堀田:ハーベストループの実装には、3年とか5年とかの長いスパンでビジョンをもってやっていくことが不可欠だと私も思います。

平野:『ダブルハーベスト』でいちばん気に入っているのが、「データはあとからでもいい」という考え方です。ありがちなのは、「いまあるデータをどうやって使おうか」という発想ですが、そうすると、「そのデータがないから何もできません」という話になりかねません。もう1つは、AIには取りかかるのが大変というイメージがあるけれども、「最初は小さく始められる」というところも好きですね。

 身近な例でいうと、フェイスブックのMessengerで音声通話をすると、話が終わったあとに通話に問題がなかったかを尋ねるポップアップが出てきます。フェイスブックはその回答データをためていて、どういう環境だと通話のクオリティが悪くなるかがわかる。そういうループが回っているからこそ、ユーザーに対してよりよいUX(ユーザー体験)を提供できるわけです。

 シナモンAIでも、お客様に対してハーベストループを描いてAIソリューションを提供させていただいています。たとえば、物流商社さんにとっては、お客様がほしいと思ったらすぐに商品が届くというのが実現したい世界観です。そこで、需要予測や倉庫内の配置、なるべく多くの商品を取り扱うにはどうするかといったところでAIを使っていただいています。これは、三重にループが回っているケースですね。

 ほかにもたとえばメーカーさんで、お客様の声はあるんだけれども、それが商品設計まで生かされていなかった。そこにハーベストループを回してすぐに伝達される仕組みをつくってあげると、よりお客様のニーズに合った商品づくりができるようになるわけです。そういう事例も出てきました。

堀田:「循環構造をつくることが大事」という意識が広がっているのは私も実感していますね。他方で、いまDXに注目が集まっていますが、日本のDXの現状について、夏野さんはどのように見ていらっしゃいますか?

夏野:「とにかくDXをしろ」とか「DXが重要だ」という経営者は多いですけれども、DXは単なる手段であって目的ではありません。そこを見えていない方が多いですね。大事なのは、デジタライゼーションが起こった結果、人の仕事のフローがどう変わるか、人の組織設計がどう変わるか、ということであって、思考がそこに至らないままテクノロジーだけ導入しても、結局何も変わらない。

 その意味では、いまのコロナ禍の状況は追い風というか、根本から考え直すいい転機になっています。そもそもリモートワーク自体が仕事のやり方を変換しているわけで、そのためにはデジタルツールを使わざるを得ない。DXの名の下に、いままでやったことのない働き方を試してみるということがふつうに起こっていて、その中でどれがうまくいったかという知見がたまっていっています。それはとてもいいことです。

DXを理解していない経営者ほど、
「部門予算」で済ませようとする

夏野:ただ、そうした変化を定着させるには、トップの理解が欠かせません。たとえば、予算措置をとってみても、AIを使って根本的に業務改革をしようというときに、ループがちゃんと回るということが証明されるまでには、それなりに時間がかかるわけです。

 ところが、その間の開発費を特定の部局の予算につけてしまうと、単純にコストが増えるので、現場は動きたくなくなる。だから、それは社長予算でやる必要があります。現場に「経営者予算だから支出は気にしなくていい。エンジニア人員をしっかり割いてくれ」といえるかどうかがすごく重要です。

 経営者がDXの本質を理解していればできると思いますが、理解していない経営者には、そういった決断ができない。できないということは、まだまだ理解していない経営者が多いということではないかと思います。

堀田:DXは手段であって、最終的に何を目指すのか、いわゆるパーパス(Purpose)はまた別の問題ですよね。たとえば、「顧客体験を劇的に向上させる」というパーパスがしっかりあれば、そこから一貫したメッセージを届けることができます。

 逆に、パーパスが見えていない・浸透していない企業にハーベストループをご提案しても、どこかで食い違うという体験を何度かしています。DXにしろAIを活用したループにしろ、やはりパーパスがカギになるんでしょうね。

(後編に続く)

「部門予算」でDXをやる会社が、3年後に後悔すること【ゲスト:夏野剛さん】