海洋放出以外の代替案が選ばれなかった理由

 一方、海洋放出以外の代替案には、(1)地層注入、(2)海洋放出、(3)水蒸気放出、(4)水素放出、(5)地下埋設、の5案が検討されていた。ALPS小委員会の報告書(2020年2月10日)は、それぞれが必要とする期間とコストを次のように説明している。

(1)地層注入
          期間:104+20nカ月(n=実際の注入期間)+912カ月(減衰するまでの監視期間)
          コスト:180億円+6.5n億円(n=実際の注入期間)
(2)海洋放出 
    期間:91カ月(*5)
    コスト:34億円
(3)水蒸気放出 
    期間:120カ月
    コスト:349億円
(4)水素放出 
    期間:106カ月
    コスト:1000億円
(5)地下埋設
    期間:98カ月+912カ月(減衰するまでの監視期間)
    コスト:2431億円

*5 91カ月を年換算すると8年未満となる。2020年2月10日の報告書にはこの数字が残っているが、2018年の説明公聴会では「1年当たり放出管理基準の22兆ベクレルを超える」という指摘が上がった。現在の政府の基本方針では、年22兆ベクレルが上限であり、年22兆ベクレルを放出すると、東京電力の試算では放出に要する期間は30年以上となる。

 上記からは、(2)の「海洋放出」が最も短時間かつ低コストであることが見て取れる。これ以外にも、原子力市民委員会やFoE Japanが、原則として環境中に放出しないというスタンスで、「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」の代替案を提案していた。

 これについてALPS小委員会に直接尋ねると「タンクが大容量になっても、容量効率は大差がない」との立場を示し、原子力市民委員会やFoE Japanの「タンクが大型化すれば、単位面積当たりの貯蔵量は上がるはず」とする主張と食い違いを見せた。この2つの代替案は事実上ALPS小委員会の検討対象から除外され、(2)の「海洋放出」の一択に絞られた。

日中の国民の利害は共通
環境問題と中国問題は切り離して

 対立する米中が気候変動でも協力姿勢を見せたこともあるのか、今回の取材では「中国に脅威を感じているが、海洋放出をめぐっては日本の国民と中国の国民は利害が共通する」という日本の市民の声も聞かれた。

 実は中国側も同じ意識を持っている。海洋放出について、中国の国家核安全局の責任者は「日本政府は自国民や国際社会に対して責任ある態度で調査と実証を行うべき」とメディアにコメントしていることから、中国側が“日本の国民と国際社会は利害が共通するステークホルダー”とみなしていることがうかがえる。

 原子力市民委員会の座長代理も務める満田氏は、「海洋放出についての中韓の反応に注意が向き、論点がナショナリスティックかつイデオロギー的なものに傾斜していますが、もっと冷静な議論が必要です」と呼びかけている。

 そのためには、国民と国際社会が共有できる自由で開かれた議論の場が必要だ。日本政府と東京電力にはよりいっそう丁寧な対応が求められている。