「なるほど。7000万円をやってくれと上司から言われて、『無理です』と答えたんですね?ところで、『無理です』と答えるまでに『考えた』回数はどれくらいあったのですか?
「え?考えた回数?そんなことよくわかりません」
「じゃあ、明日の朝10時に、まだ一度も行ったこともないお客様のところへ行くとして、どうやって10時までに訪問できるかを『考える』回数は、目安としてどれくらいになるのですか?」
「まだ一度も行ったことのないお客様なら、けっこう考えますね」
「あたりまえですよね?」
「そりゃあ、あたりまえでしょう。初めて行くお客先なら」

 その営業は私に平然とした顔で言った。

 上司に「7000万円のノルマを頼む」と言われたら、「無理です」と即答したにもかかわらず、だ。

「お客様のところへ朝10時に訪問するケースで考えると、到着するまで何度も『考える』。これが、10時をすぎてもいいというのであれば、意外と考えないものだが、10時には絶対に到着していないといけないと考えると、無意識のうちにかなりの数『考える』ことになるものだ。

 私がそう言うと、彼は何も言い返せなくなった。

 当然だろう。目標のノルマが高いか低いかは関係がないのだから。

期限までにどれくらい「考えた」か、が大切なのだ。

 初めから「無理だ」「できるわけがない」などと思う人は、日頃から工夫をする習慣がないし、誰かに相談して協力を仰ぐこともしない。
  そのような人が、自分を成長させて、人生の成功をつかみとれるはずがない。

思考が「あたりまえ化」している人vs「あたりまえ化」していない人

 思考が「あたりまえ化」している人は、目標の水準など気にしない。

 自分に自信を持っているので、「やってみないとわからない。とりあえずやってみよう」という思考があるのだ。

 とりあえず「やる」と決めることで、期限までの日々、「考える」という回数が自動的に膨れ上がっていくのである。

 だから達成が「あたりまえ化」している人と、そうでない人とでは、思考そのものがまったく違うのだ。

 決めたのにやりきれない。結果を達成できないのは、スキルがないからだとか、うまくいく方法を知らないからだという以前に、思考が「あたりまえ化」していないことが根本的な原因である。

 そして問題は、多くの場合、その人が置かれた「環境」にある。

 目標を達成しなくても許されるような組織に身を置いていると、人はその組織風土や環境に強く影響を受ける。

 したがって、思考を短期間で「あたりまえ化」するのは簡単だ。

 組織の風土として目標達成が「あたりまえ」となっている会社へ転職すればいい。

 そういう職場にいて、一人だけ「無理です」「できるかぎりがんばります」などとは言えなくなる。