戦後、日本の食卓は大きく変わった。これは酒の消費にも影響し、国税庁の統計によれば、59年にはビールの年間出荷量が清酒の出荷量を上回った。特に、ビールなどの洋酒を好んで飲んでいたのが、当時の若者だ。ワンカップ大関の開発は、こうした若者の需要を開拓することを目指して進められたという。

 当時の日本酒の飲み方といえば、一升瓶から徳利(とっくり)に酒を移し替え、杯で飲むのが一般的。そうした中でいつでもどこでも手軽に日本酒を飲めるようにと、コンパクトなコップ形の容器で販売したのが始まりだった。

 ただ、発売から数年は苦戦が続いたようだ。

「最初はお酒が漏れるなどのトラブルもあったようで、容器の品質も試行錯誤しながら改良を加えていたようです。また、商品を卸していた酒販店も売れるイメージがつかめず、営業担当者は『一升瓶に変えてくれ』と言われることがあったと聞きます」(大関営業推進部の小寺健司氏)

 転機となったのは、駅の売店キヨスクでの取り扱い開始だった。その当時起こっていたレジャーブームの追い風もあり、出掛ける先で飲みやすいワンカップ大関は狙い通り20~30代の若者から高い支持を集めた。

 その後、酒販店の店頭などにワンカップ大関の自動販売機を設置する取り組みも奏功し、売り上げは右肩上がりに伸びた。清酒の国内出荷量(課税移出数量)は73年度にピークに達したが、ワンカップ大関はその後も売り上げを伸ばし、売上本数は93年度に年間1億3000万本を記録した。

売り上げ本数はピークの半分以下に
海外需要に新たなチャンスも

 現在までにワンカップ大関の累計売上本数は44億本を突破した。しかし、国内の日本酒市場は縮小傾向が続く。国税庁の統計によれば、2019年度の清酒の出荷量はピーク時の3割を下回る。

 ワンカップ大関については2003年、酒類販売に関する規制の改正によりコンビニやスーパーマーケットでも取り扱いを開始。こうした中で清酒市場全体に比べると減少スピードを抑えられていたが、それでも93年度をピークに減少し、今は年間5000万本ほどの売り上げだという。

 また先述の通り、商品の歴史とともに顧客の年齢層が上がっている。今やメインの顧客層は60代以上。かつて発売当初のワンカップ大関が若者という新規層を開拓したように、いかに新たな顧客を獲得するかが状況を打破するカギとなる。