BNO返上が香港公務員の“踏み絵”になった

 しかし、「BNO不承認」はもっと別のところで影響を与え始めた。香港政府が公務員のBNO所有者に同パスポートの返上を命じ、これが公務員たちにとって国家安全法施行以来、2回目のパニックを引き起こしたのである。

 というのは、香港政府は国家安全法に照らして、昨年11月から公務員一人一人に対して、「香港基本法、国家安全法、国家への忠誠」を尽くすための宣誓(以下、「忠誠宣誓」)を行うよう義務付けていたからだ。BNO返上はそれに続く、「踏み絵」となっている。

 忠誠宣誓は、公務員に対して国家や政府への忠誠を誓わせるかわりに、彼らが私人として政府の政策に反対を唱える権利についての詳細な取り決めがなく、その境界線を問う声に政府もまたはっきりとした答えを与えていない。その一方で昨年9月には「違法な市民活動に参加した」として2019年に行われた未認可のデモに参加した公務員46人が停職処分にされたことが明らかになった。忠誠宣誓が18万人の公務員たちを拘束するためのものであることは明白で、そこから彼らの私的な権利も剥奪される印象が強い。

 その結果、政府の担当者が明らかにしたところによると、今年3月の時点で約200人あまりの公務員が宣誓への署名拒絶を表明しており、政府は彼らに離職を求めるとしている。

公務員の辞職と国外脱出が止まらない

 さまざまなメディアの調査により、公務員のうち、特に政策決定に関わるような部門トップ官吏の今年度の辞職率が、前年比ほぼ1.7倍に達していることが明らかになっている。また部門別では、離職率が過去の数倍となった部門もあるという。そして5月14日、「2020~21年にかけて、1800人の公務員が辞職」というニュースが香港で流れた。過去最多の人数の公務員が辞職したことになる。

 政府は公的にはその事実を頑として認めようとしないが、公式データが事実を証明している。その一つとして、今年2月に発表された政府収支報告の「没収および罰金」項目下の「公務員支払金」に高い注目が集まった。

 「公務員支払金」とは、公務員が職務に応じて決められた事前通告期間を経ずに即時離職、あるいは同期間を満了する前に離職した場合に、政府が回収する違約金(つまり、辞職表明から同期間満了までに支払われるはずだった賃金)のこと。2020年度の同項目「収入」は46.8億香港ドル(約6544億円)と、なんと同年度予算時に計上されていた額を42%も上回っていた。つまり、昨年度は予想外に大量の公務員が離職通告期間を待たず、ほぼ即時に職を去ったことを意味する。

 香港の公務員は賃金も福利厚生も地位もしっかりしており、超人気職種である。新型コロナ感染拡大で世界中の経済が収縮する中、その人気職を放り出してまで就職できる仕事が、香港にそうゴロゴロ転がっているはずがない。つまりここから想像できるのは、多くの公務員たちが、違約金を支払ってまで急ぎ、職とともに全財産を握って香港を離れているという事態だ。