今回の実験展示では、3種類の痛みの軽減を目指し、可能性を探った。

 一つ目は、社会課題としての痛み。

長縄氏歯科医師・医学博士・画家の長縄拓哉氏

「『痛み』というワードの中にはいろいろな意味が込められています。慢性疼痛で苦しんでいる患者さんやがん患者さんが持っている痛みも痛みだし、そうした痛みを持っている人たちが生活する上で感じる課題も痛みです。世の中には痛みはいくらでもあって、そういう痛みも同時に解決できるようなアートがあったら面白いかなと。

 例えば、いつまでたっても治らない痛みがあって、しんどい思いをして生活しているのに、周りに分かってもらえない。痛い痛いと言っているけど、本当は仮病なんじゃないかとか、精神的な疾患があるんじゃないかといった疑いの目で見られたりする。

 あるいは高齢で足腰が弱っているのに、手すりのない危険で急な階段の家に住んでおり、病院に行くために外出するのもある意味命がけとか。

 医学的に、治療のような形で痛みを取るのとは別に、そうした社会的な課題を解決することも、痛みを軽減させる要素になるのではないかと考えました」

 展示では、“病気になっていない、医療情報に無関心な人たち”をメインターゲットに据えた。アート作品だけでなく、展示の仕方やコンテクスト(作品の背景や文脈)も含めた仕掛けによって興味を引き、理解してもらい、行動変容を促す。

「僕ら医療者は、患者さんが病院に来なければ患者さんに会えません。でも病気は日常生活の中でなるし、不摂生や習慣が発症させたりするので、本当は病院の中だけでなくて外でも、病気になる前も退院した後も、全て関わるべきだと思っているんです。病気になる前の人に会って、生活習慣をうまく変えさせて病気を予防したり、慢性痛に対する誤解を解いて、正しい知識を広げたりしたい。

 しかし病気になる前の人は、健康のことをあまり意識していません。関心がない人に、興味を持ってもらうのはめちゃくちゃ難しいじゃないですか。だけどもし、そういう人がアートに関心があって、僕の展示を見に来てくれたら。

 アート、特に現代美術が好きな人は、なぜこの作品がこの時代に描かれたのか、なぜこの作家はこのような表現をしたのか、世の中に対するメッセージは何か、この作品を通じて何がしたいのか、といったコンテクストを読み、理解しようとしてくれます。そうやって鑑賞を楽しんでくれる。ゲーム好きな人が、ゲームのキャラクターの名前の由来を調べるのと同じで、興味を持っている人は絶対調べてくれるんです。

 今回の展示ではこの特性を利用して、作品のコンテクスト中に社会課題や医学情報を意図して含ませました。すると鑑賞してくれた人は、僕の絵を見ながら、同時に医学情報に触れてくれることになります」

 課題の存在を本人や周囲が気づくだけでも何かが変わる。長縄氏の作品は、そのきっかけをもたらすことからスタートする。