新浪氏は250ヤードを超える豪快なドライバーショットを放ったかと思えば、グリーン周りでは繊細なアプローチを見せた。グリーンに切られたピンの位置から逆算して組み立てるコースマネジメントもよく練られていた。もちろん、ゴルファーとしてのマナーやエチケットといった振る舞いにも品格が漂っていた。

 佐治氏は、自身を上回る80台のスコアで回った新浪氏のプレーに嫉妬するどころか、むしろすがすがしさを感じたのだった。

 佐治氏と新浪氏は共に慶應義塾大学の卒業生で、OB組織「慶應三田会」を通じて互いをよく知る仲ではあった。それでも、佐治氏はこの日のラウンドでゴルフにひたむきに取り組む新浪氏の姿勢、そしてバイタリティーにほれ込んでしまったのだ。佐治氏と新浪氏の距離は、一気に縮まった。

 当時60歳を超えていた佐治氏は、自身の後継者を誰にするか悩んでいた。佐治氏にとって新浪氏は後継候補の一人であり、経営不振のローソンを立て直した新浪氏の経営手腕を高く評価していた。「この人ならサントリーを立派に経営してくれるだろう」。佐治氏の思いは固まった。

佐治信忠氏からサントリーホールディングス社長に後継指名された新浪剛史氏。2人をつないだのはゴルフだった佐治信忠氏からサントリーホールディングス社長に後継指名された新浪剛史氏。2人をつないだのはゴルフだった Photo:Reuters/AFLO

 そして、あのラウンドから約4年後の2014年。粘り強いアプローチが実を結び、佐治氏はサントリーホールディングスのかじ取りを新浪氏に託すサプライズ人事を発表したのだった。