「反転の問いかけ」で
困りごとの意味を発見する

 このとき気をつけたいのは、「当事者のA1さんにもできることがあると思います」と言わないことです。

 そう言ってしまうと、A1さんが考えようとしていないと受け取られかねません。

 大切なのは、この問題に対して、一緒に考える仲間であるとCさん、Dさんが位置づけられることです。

 組織開発の研究者であるサイモンフレーザー大学ビジネススクール教授のジャーヴァス・ブッシュは、新しい意味を生み出すには「生成的メタファー」が必要だと述べています。つまり、新しい物事の理解を導き出すには、少し違う言葉の投げかけをすることが大切だと言っているのです。

 では、どういうものが「生成的メタファー」となり、新しい意味が立ち現れてくるのでしょうか。それは、現在の問題に、現在の解釈の枠組とは異なる視点が投げ込まれたときです。

 A1さんの文脈は、ネガティブです。この場合、ポジティブな視点を投じてみると、別の意味が立ち上がってくるかもしれません。

「どこから手をつけられるか」というアプローチは、「何も考えようがない、何もやりようがない」というネガティブな文脈に対して、ポジティブです。そうすると、「この状況で何かできることがあるかもしれない」と、現状を一緒に眺められるかもしれません。

 また、本書で述べた「反転の問いかけ」も、生成的メタファーと同様の働きをするものと理解できるでしょう。

「解決しよう」という流れに、あえて「状況を悪くするには」と投げかけると、新たな意味が生成されやすくなります。

有効な2つのアプローチ

 次に、A2さんのケースを考えてみましょう。

 A2さんは経営者ですが、経営者に限らず、マネジャーやメンバーでも、自分ではなく周りを変えようとしがちです。

 A2さんの場合、どんな過程でメンバーの自発性が低くなったかはわかりませんが、周りのせいにしている状況だと言えます。これは、非常によく見られるケースです。

 この問題には2つのアプローチが有効です。

 1.自分は何に困っているのかを理解する
 2.自分も問題の一部だと気づく

 1について、そもそもA2さんは、自分の状況をよりよいものにしようと、何かできることはないか考えていることを、もう一度確認することが大切です。

 しかし、A2さん自身が心がけていても、無意識のうちに、自分ではなく周りを変えようとしてしまうものです。そこで周りの人からの投げかけが大切になってきます。

 A2さんへの投げかけとしては、次のようなものが考えられます。

 ・A2さんはそもそもなぜ自発性を高めたいと思っているのだろう?
 ・どんなきっかけでそう思うようになったのだろう?

 A2さん自身にできることがあることに気づいてもらえると、様々な観察が生きてきます。

 2つ目については、次の発言も有効かもしれません。

 ・いつ頃から自発性が下がってきたのだろう?
 ・自発性を下げるにはこういうことをやるといいかもしれない
 ・逆に自発性が上がったのは、こういうときだった

 こうして問題を別な角度から眺めて観察を深めていくと、徐々に問題と参加メンバーのつながりが見えてきます。

 すると、A2さんを含め、参加メンバーが、自分もその問題の一部と気づくポイントが浮かび上がってくるでしょう。

 自分がやっていることが、メンバーの自発性とどうつながっているのか。2 on 2の参加者とともに考えていきましょう。

 反転の問いかけは、ここでも極めて有効です。

「問題を悪化させるには」とか「問題を他の部門でも繰り返すには」という観点で問題を眺めてみると、自分が何をすると問題が悪化するのか見えやすくなります。

 周りのせいにするのは、もっと他にやりようがあることを見ようとせず、問題を抱えた状況を放置しているという意味で、とても損をしているのです。

宇田川元一(うだがわ・もとかず)
経営学者/埼玉大学 経済経営系大学院 准教授
1977年、東京都生まれ。2000年、立教大学経済学部卒業。2002年、同大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。2006年、明治大学大学院経営学研究科博士後期課程単位取得。
2006年、早稲田大学アジア太平洋研究センター助手。2007年、長崎大学経済学部講師・准教授。2010年、西南学院大学商学部准教授を経て、2016年より埼玉大学大学院人文社会科学研究科(通称:経済経営系大学院)准教授。
専門は、経営戦略論、組織論。ナラティヴ・アプローチに基づいた企業変革、イノベーション推進、戦略開発の研究を行っている。また、大手製造業やスタートアップ企業のイノベーション推進や企業変革のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書に『他者と働く――「わかりあえなさ」から始める組織論』(NewsPicksパブリッシング)がある。
日本の人事部「HRアワード2020」書籍部門最優秀賞受賞(『他者と働く』)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。