1年前の致命的な大失策、あの時、ワクチン確保に動いていれば…

 五輪開催に際し、まず懸念されたことは、海外から来る多くの選手・関係者がウイルスを持ち込み、日本国内で感染拡大を起こしてしまうことだったはずだ(第274回・p3)。現在、世界各国から選手・関係者が次々と来日し始めている。陽性者が次々と発見されているが、日本入国時の検査体制が有効に機能しているからだといえる。

 今後も陽性者が出ることはあるだろうが、選手村で大規模な感染拡大が起きることはないのではないだろうか。選手・関係者は、ワクチン接種を済ませている人が少なくない。入国時の検査が陰性であり、入国後も何度も検査を受けるのであれば、日本国内に在住する人たち以上に安全な人たちだと、冷静に考えるべきだ。

 実際、専門家から出された五輪開催についての意見でも、来日する選手・関係者を問題視するものは見られない。むしろ、日本在住の人たちの移動による感染リスク増大が強調されている。

 例えば、政府分科会の尾身茂会長ら専門家有志26人が、五輪に関する提言を公表している(『新型コロナ対策の専門家有志が作成した提言書』)。ここでは、「競技関係者間でのクラスター発生」「バブルからバブル外への感染流出」という、選手・関係者を起源とするリスクについては数行触れている程度である。

 提言の大部分は「人流・接触機会の増大のリスク」についてである。要するに、日本国内に在住する人たちが五輪を観戦するために集まり、全国に散っていくことによる感染拡大のリスクにどう対応するかが問題となっているのである。

 日本国内に在住する人の多くが、いまだにワクチンを接種できておらず、新型コロナの感染・重症化の危険がある状態にさらされているから、「人流・接触機会の増大」がリスクになるのだ。

 つまり日本のワクチン確保・接種の遅れが問題なのである。突き詰めれば、製薬会社との交渉を、政府が迅速に行っていなかったからだ(第277回)。英国と比較すれば、それはより明らかになる。

 昨年4月の時点で、英国ではジョンソン首相が反対を押し切って、135億ポンド(約2兆400億円)の巨額資金をワクチン開発につぎ込むことを決断した。(『【解説】イギリス政府はパンデミックとどう闘ったか 1年間の舞台裏』BBC NEWS)。

 一方、同じ頃、日本の専門家会議は世界のワクチン開発の進展をつかめず、「ワクチン開発には数年かかる」と安倍晋三首相(当時)に進言した。その結果、ワクチンの確保は後手に回ってしまった。

 これは、五輪のホストを務める国としては、致命的な大失策だったと言わざるを得ない。最先端の情報をつかんでいれば、「ワクチン接種による新型コロナのパンデミック終結と五輪の開催」という戦略を立てて、動けたはずだからだ。

 例えば、「五輪のホスト国だから、最優先でワクチンを提供してもらいたい」と、政府が製薬会社と強く交渉することができた。日本政府にとって、ワクチン確保の交渉は、むしろ他国より容易だったはずだ。

 ワクチン確保の交渉に成功し、英国と同様に世界で最初にワクチン接種が始められたならば、五輪前に日本在住の人たちの大多数が抗体保有者となることができた。観客を入場させての五輪開催はまったく問題なかっただろうと、容易に想像できる。