進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。本書で金田氏が東大病院(東京大学医学部附属病院)から逃亡し、メディアにも一切出ない“神の手”を頼って転院した先が国立がんセンター東病院でした。東病院に転院後も、金田氏は外科手術を土壇場でやめて、放射線治療へと切り替えます。第3回はがん治療の新薬開発で大幅に遅れた日本勢が遺伝子の診断パネルなどを活用して盛り返していった経緯について、国立がんセンター東病院の病院長に聞きました。(聞き手は金田信一郎)

■がんセンター東病院長の「がん治療選択」01回目▶「がん治療で決定的な差! 国立がんセンター東病院に「診療科の壁」がない理由」
■がんセンター東病院長の「がん治療選択」02回目▶「がん治療で世界最先端の研究から周回遅れの日本は挽回できるのか?」

最先端のがん治療薬の開発で遅れた日本、がん遺伝子検査で巻き戻せるか『ドキュメントがん治療選択』著者の金田信一郎氏が東大病院から逃亡して頼った国立がんセンター東病院。大津敦病院長に、同病院の治療方針などについて聞きました。インタビューは2021年5月18日に実施(Photo:HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN)

――前回のインタビューでは国際的ながん治療の治験から大幅に遅れて2005年には「どん底」だったということでした。それから10年ほどでかなり巻き返したわけですね。

大津敦病院長(以下、大津) その2015年、スクラムジャパン(SCRUM-Japan:遺伝子スクリーニングプロジェクト産学連携全国がんゲノムスクリーニング)を始めました。遺伝子の診断パネルができても、問題は、多くのドライバー遺伝子異常の頻度が低くて、1~2%程度です。そこで、一括で測れる遺伝子診断パネルが開発され、1回で遺伝子の異常が何十個、何百個という単位で分かるようになりました。東病院の呼吸器内科長の後藤(功一)くんと、消化管内科長の吉野(孝之)くんの2人が中心になって、全国215の医療機関と製薬企業17社との共同研究として、スクラムジャパンを設立しています。

 すでに、2万~3万人の患者さんの遺伝子解析をして、遺伝子異常に適合した新薬の治験に登録することで、より早く患者さんに有効な薬剤を届けています。2019年には遺伝子パネルも薬事承認されたので、一般の患者さんにも使ってもらえます。東病院は、全国の患者さんに治療が行き渡る3~5年前から治療をやっている。そんな感覚ですね。

――遺伝子パネルはちょっと前まで、30万~50万円かかる自由診療でしたね。

大津 今は保険適用されました。さらに、リキッドバイオプシーといって、採血で遺伝子の変化が分かるようになってきています。スクラムジャパンでもう1万人近くの患者さんで遺伝子解析し、つい先日、薬事承認されました。どうすれば患者さんに一番効果が出るかを検討しながら進めています。

 我々が持っているデータは恐らく、世界でもトップクラスになっています。現在は、解析から臨床応用まで、さまざまな場面でゲノム医療をつくるグループになっています。

 今では、DNAだけではなく、遺伝子の発現に重要なRNAやタンパク発現を見たりすることが、薬剤選択や次の創薬に重要になってきています。

 私は定年に近いけれど、こんな時代が来るとは思いませんでした。がんの遺伝子の状態も分かるし、RNAの発現の状態も分かるとは。がんの周囲にはさまざまなリンパ球があり、そのリンパ球がどのように集まってがん細胞を攻撃しようとしているのか、または機能してないのか。隣の東大柏キャンパスに、遺伝子の解析で日本の第一人者がいますので、一緒に共同研究を進めています。

 これからの課題は、研究の先の企業化です。これが日本は圧倒的に弱いですから。ベンチャー企業をつくっていかないと、海外と勝負できません。いくらすばらしい技術を持っていても、アメリカには勝てないのです。後藤くんや吉野くんたちはベンチャー企業を立ち上げて、アジア各国にスクリーニングシステムを広げ、海外からのデータも収集してきています。またRNAなどを含むマルチオミックス解析も始めています。たぶん、世界で最大規模の研究になってきています。

――ここで開発をやる。

大津 この病院で始めて、多数の企業との共同研究を進めています。日本企業もいいものを出すようになっています。第一三共は乳がんと胃がんで特殊なタンパク質を発現している人に効く新しい薬を開発してヒットさせました。その治験を世界で最初に東病院で行っています。2020年に承認されました。

――日本発のがんの薬が出てきたわけですね。

大津 スクラムジャパンに、臨床とゲノムの膨大なデータベースをつくってありますが、企業や医療機関、アカデミアと情報を共有しています。それぞれが有効活用して新しい薬を開発しています。米NCIも同様の研究を進めていますが、成果は負けていないと思います。国内の主な企業はすべて参加しています。
(2021年8月24日公開記事に続く)