2018年に銀座にオープンした『珞珈壹号(かっかいちごう)』もそうした料理に注力する店の一つだ。中国の中央部に位置する湖北省の料理で、省都・武漢の名物であるレンコンやもち米などを使った素朴な料理が特徴だ。筆者は10年ほど前、北京にある、その名も湖北大厦というホテル内で初めて湖北料理を食べたが、通常、中国人であっても、湖北省出身者以外で湖北料理を食べたことがあるという人は少ない。同店の場合、湖北料理の伝統を生かしつつ、創作も加えているという点で新しい。

 同じく銀座にある上海料理店『四季 陸氏厨房』も、東京・築地から仕入れた日本食材からヒントを得た創作料理が評判の店で、従来にはあまりなかったタイプの隠れた名店だ。

 新しい店ではないが、新宿にあるカジュアルな山西料理店『山西亭』は、珍しい中華料理が食べられるという意味で注目されている。莜麺(ようめん)という燕麦(えんばく=麦の一種)をこねて麺状にした料理が名物で、これも山西省出身者以外はあまり口にした経験はないだろう。ほかにも、中国国内でさえあまり見かけない貴州料理(貴州省の料理)や、在日中国人の出身地として多い東北地方の料理、華僑の故郷といわれる福建省福清のみで食べられる郷土料理を出す店など、挙げ出したらキリがないほど、ここ数年、日本の中華は急速に多様化が進んでいる。

中華料理が多様化しているワケ
「地方料理」の質が向上

 こうした動きが加速している背景には、何があるのか。むろん、日本の中華料理のレベルが急速に上がり、進化しているというのが最大の理由だが、筆者は、中国国内における食の変化が日本にも影響を及ぼしているのではないかと感じている。

 筆者の印象では、以前は北京で上海料理を食べても、上海人にとってはあまりおいしいと感じるものではなかったし、上海で四川料理を食べても、上海在住の四川人にとっては満足できるレベルではなかった。その土地出身の料理人が少ないことに加え、本場の味を知る人が少ない場所では、高いクオリティーは求められなかったし、需要も興味もあまりなかったからだ。

 だが、交通の便が急速に発達し、出張や進学などで人々の往来が劇的に増えたことにより需要が増し、中国の各地方にしかなかった郷土料理が、そこに足を運ばなくても、かなり高いレベルで食べられるようになってきた。また、中国人自身もグルメな人が増え、まだ食べたことのない多様な国内料理に関心を持つようになった。

中華中国各地にある山西料理のチェーン店『西貝莜面村』。店頭で麺づくりが見られる 写真:筆者撮影

 例えば、前述した山西料理は、素朴で安い麺料理が多いため、これまで北京や上海に住んでいたら、わざわざ食べに行くような料理ではなく、専門店も少なかった。だが、数年前から山西料理と内モンゴル料理を専門とするチェーン店『西貝莜面村』(シーベイヨーミエンツン)が全国規模で展開を始めると、若者などの間ですっかり身近なレストランになった。

 四川省発で、顧客サービスが高いことでも有名な火鍋チェーン店『海底撈火鍋』(ハイディーラオフォーグオ)や、南京料理のチェーン店『南京大牌档』(ナンジンダーパイダン)なども同様だ。チェーン店でなくても、中国でも特に地方出身者が集住している都市(広東省の深センや東莞〈トウカン〉など)では、故郷の味を求める人の間で需要が高まったため、地方料理の質が向上していると聞いたことがある。

 このように、広大な中国で、かつては身近ではなかった地方料理がクローズアップされ、気軽に、しかもおいしく食べられるようになった。こうした劇的な変化が生じているのと同じく、在日中国人が100万人規模にまで増えた日本でも、従来、日本人がイメージする中華料理とは一線を画すような料理が、在日中国人や、中国に修業に行った経験を持つ日本人コックなどの手によって作られるようになり、それがいつの間にか進化を遂げているのではないか、と感じている。

 では、これまでの日本の中華には、どのような流れがあったのだろうか。