面白いのは、日本では会長に相当する董事長であった許氏は、主席という肩書が好きなので、特別の注意事項として、許氏に対しては「主席」と呼ぶように接待側に求めていたようだ。

 許氏が20万人の従業員を率いる恒大集団のトップなので、接待側がこれほどの細かい注意を払っているのは、多少理解できる。しかし、「注意書き」のリストによると、同集団経営陣の最下位にある李国標ホテルグループ副社長も、許氏に負けないほどの14件の接待の注意事項を出しているのだ。

 アメニティー用品は資生堂ブランド、クレスト(Crest)の歯磨き粉、ジレット(Gillette)のカミソリなどに限定。スナック類には、シャインマスカットとナッツ類が好き。お客さんの接待で酒を飲んだら部屋に戻る際は、蜂蜜の入った水を事前に用意しておく。南向きの部屋の窓際で寝るのが好きで、客室番号はその誕生日にあたる820号室がほしいなど……。

 その企業の規模を考えると、これらの注意事項はまだかわいい類いのものだと思う。しかし、下請けの建設会社の建設費や買収した土地代などを支払わずに逃げ回っている実態を思うと、とても許せることではなくなる。

バブル期の日本の接待と似ている?
おごれる者久しからず

 日本のバブル経済崩壊後、取材でニューヨークを訪れたときの話だ。私が訪問したホテルで、地元在住の日本人から、バブル経済期にそのホテルによく宿泊した日本の某銀行の頭取に対する接待ぶりを聞いた。

 頭取の宿泊したフロアは全客室を貸し切り、階段ごとに社員が配され、頭取が客室を出るとき、いつでもすぐに動きだせるような待機状態で控える。「まるで国家元首なみだったが、バブル経済崩壊後は二度とニューヨークに顔を出していない」とその日本人が苦笑いしながら話した。

 それに比べれば、恒大集団の経営陣が求めているホテルのサービスは、その足元にも及ばないものだ。しかし、会社をおかしくするには、十分な致命傷になりうる。

『平家物語』の冒頭には、こう書かれている。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる者も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし……」

 バブル経済の崩壊で経営困難に陥った多くの日本の銀行と同じように、中国の不動産バブルの崩壊が進むに従って、恒大集団のように、盛者必衰の坂道を転がり落ちる不動産会社もこれからも出てくるだろう。おごれる者はやはり長くは続かず、短い春の夜の夢を見るかのように、この世を去っていくのだ。

(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)