小選挙区制の時代では、「闇将軍」は現れないはずだった

 正直、これまでちまたでよくいわれる安倍氏の「影響力」について懐疑的だった。派閥の親分のような大物政治家が、裏でカネを配って権力を振るったのは遠い昔の話だからだ。

 90年代、「政治・行政改革」によって資金と人事と公認の権限を握るのは、首相(党総裁)と党幹事長、そして官房長官となった。一方、派閥は力を失った。だから、資金、人事、公認の権限を与えない限り、史上最長の長期政権を築いた元首相といえども、権力を振るうことはできない。首相を退任して無役となった政治家が政界に隠然たる影響力を保つというのは、難しいと考えていた。

 ところが、安倍氏は総裁選で、したたかに動いて岸田氏を勝たせた。そして「人の話をよく聞くこと」が長所だという岸田氏によく話をしたのだろう。資金配分権、人事権、公認権を握る幹事長、官房長官は、安倍氏の手中に収まった。さらにいえば、選挙に直接影響する支持者への利益誘導を決める財務相と政調会長まで、安倍氏の影響下に入ったのだ。

 これが、派閥の親分たちが支配した「中選挙区制の時代」とはまったく違う、「小選挙区時代」の新しい「闇将軍」の誕生だと思う。

 本来、選挙制度が改革されたのは、何の公的な権限も権力も持たないはずの派閥の親分たちが、首相や党幹事長などよりも影響力を発してしまう「権力の二重構造」を壊すためだった(第16回)。

 言い換えれば、小選挙区制の時代では、「闇将軍」は現れないはずだった。実際、首相や党幹事長などのポジションを実際に得た政治家が、その任期の間に権力・権限を行使する。その結果が、政権交代が起きやすい小選挙区制の選挙によって、国民から民主的に審判を受ける制度に変わった。長期的には、権力・権限は特定の政治家には集中しないはずだった(第115回)。

 ところが、安倍氏は、岸田首相に「総裁派閥外し」をさせて、権力・権限を持つポジションをすべて掌握することで、「小選挙区時代」の「新・闇将軍」になった。