ビフィズス菌、乳酸菌といえば、おなかの健康を保つ「善玉」腸内細菌の代表格。ヒトの腸内ではこれら「善玉菌」とウェルシュ菌など「悪玉菌」が日々、勢力争いを繰り広げ、さらに戦局次第で善にも悪にも転ぶ「日和見菌」が加わり、ある種の生態系──腸内細菌叢(そう)を形成している。
これまでも腸内細菌叢の勢力図が免疫系や代謝機能に影響することは知られていたが、個々の培養が難しく詳細な研究は遅れていた。しかし、一度に数千~億単位でDNA断片を並列解読する「次世代シーケンサー」の登場で、細菌叢を丸ごと解析できるようになり、俄然、研究が進み始めた。
この数年は肥満に伴う腸内細菌叢の変化についての報告が目につく。例えば、肥満者は細菌叢の多様性が少なく、特定の菌種に偏ることが判明している。また、普通体格の無菌ラットに肥満ラットの腸内細菌を移植すると、とたんに食欲が増し、体重が増える。先天的か後天的かは不明だが、どうやら肥満患者は「太りやすい」腸内細菌叢を持っているようだ。
この秋「ネイチャー」に掲載された報告では、2型糖尿病患者で腸内細菌のバランス失調が観察された。他の基礎研究からは、ある種の細菌が増え過ぎると、その断片が腸管バリアを突破して体内に侵入。自然免疫系が発動して慢性的な炎症を引き起こし、肥満を助長し血糖値を下げるインスリンの効き目を悪化させると考えられている。今後は食事やサプリを使った「おなか環境の改善」による糖尿病発症予防の研究が進むだろう。
もう一つ、興味深い方向は「おなか環境」と脳・神経疾患との関係。現在、動物実験レベルでは腸内細菌を滅菌すると、うつ症状や不安神経症の傾向を示すことがわかっている。精神的ストレスで腸内細菌叢が変化することは半世紀以上も前から知られていたのだが、「逆もまた真」なのかもしれない。
じゃあ、どうやって脳と身体によい腸内細菌叢を育てるか、というと回答の一つは「食物繊維」。これが善玉菌の栄養源になる。どうせなら、ビタミン類と抗酸化物質を同時に摂取できる野菜や果物を意識して食べるといい。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)