いくら見学者が来ても、売れない有料老人ホーム

 過去10年間で最も劇的に変わったシニア市場の1つは、有料老人ホーム市場である。厚生労働省による「社会福祉施設等調査」平成22年によれば、介護保険制度が導入された2000年にわずか350施設だった有料老人ホームの数が、2010年には4144施設と12倍近くにまで急増した。2012年8月現在で、7115施設が都道府県に設置届出済みである。

供給が増えるに伴い、高額だった入居一時金の相場も下がった。特に、2008年のリーマンショックを機に広がった金融危機をきっかけに大幅に価格破壊が進んだ。価格破壊が進んだ直接の理由は、供給過剰による販売競争の激化と景気低迷による高齢者の買い控えが広がったことだ。しかし、もっと根本的な理由は、先に述べた「スマートシニア」が増えたことにある。

以前は、ある高級老人ホーム運営会社が、『朝日新聞』や『日本経済新聞』に全面広告で昼食付きの無料説明会の案内を出すと、定員600名のところ、倍の1200名程度は即座に集まった。

そして説明会終了後にアンケートを行なうと、参加者600人のうち50人くらいが「ぜひここに入居したい」という意向を示し、実際に大勢入居した。当時、その老人ホームの入居一時金は平均で5000万円程度だった。

それが、2006年頃を境に様子が変わってきた。新聞に全面広告を出せば見込み客は集まり、説明会にはやって来る。ところが以前と異なり、無料説明会に参加しても、その場で入居申し込みをする人が激減した。

高額な新聞広告を打ち、高級ホテルを借り切って、豪華な無料説明会を開催すれば、大勢の人が集まり、参加者がすぐに入居を申し込むという、かつての“常識”は過去のものとなったのだ。

なぜか――。こうした説明会に来る人は、事前にネットでわかる限りの情報を集め、他の施設を数多く見学し、知人から口コミ情報を得たうえでやって来るようになったからだ。30~40件以上の施設を事前に見学し、施設パンフレットをコレクションにする人も現れた。

なかには、体験入居をする際にデジタルカメラを持参し、深夜の1時という運営体制が最も手薄になる頃に部屋の緊急通報ボタンを押して、スタッフの対応状況を写真に収めるという“つわもの”も現れた。こうした変化が、「スマートシニア」が増えたということの具体的な例である。