来年度、高校の学習指導要領が改訂され、家庭科の授業に「投資教育」も追加される。
「単なる投資や金融の教育ではなく、生涯を見通した生活における経済の管理や計画、生涯出資に関心を持つこと」とされているが、現場の教員には投資の経験がない人も多く、不安の声が上がっているという。
そこで先日、教員を集め、プロの投資家が「投資の考え方」に関する講義を行った。
講師は、機関投資家向けに4000億円規模のファンドを運営する、農林中金バリューインベストメンツCIO(最高投資責任者)の奥野一成さん。奥野氏は『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(ダイヤモンド社)の著者でもある。その講義のエッセンスを紹介しよう。
お金とは、「ありがとう」の対価である
日本人の中に、投資に対するアレルギー、お金に対するアレルギーみたいなものが、けっこうあると思っています。でも『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』に書いてるんですけど、お金とは「ありがとう」の印、「ありがとう」の対価なんですよ。
投資は、英語で言うと「インベスト」という言葉なんですね。これって「服を着せる」という意味です。だからお金に服を着せて飾る、お金を別のかたちに模様替えしてもらう。たとえばお金を株式とか債券とか不動産とか、そういったものに変える、わりとポジティブな言葉なんですね。
皆さんが5000万円の農地を仮に持ったとして、皆さんの頭の中にあることって何ですか? ほとんどの人たちはその農地に種を植えて、雨の日も風の日も一生懸命お水をあげて肥料をあげて、そこから作物が獲れました。それを売りに出したら500万円でした。それが、5000万の投資に対して500万円儲かったということ、10%儲かったという投資なんですね。誰一人として5000万円の農地を買って、半年後に7500万円になったらいいなとか、1年後2500万円になったらどうしよう? みたいなことを考える人っていないと思うんですよ。
にもかかわらずお金が株券になった瞬間、500円で今日買った株が、半年後に750円になったらいいのになとか、250円に下がったらどうしようとかですね。もっと言っちゃうと3秒後に503円になってたらいいのにな、みたいに考える。それはそもそもおかしいんですよ。
株式ってそもそも何かと言うと、たとえばトヨタ自動車という会社が一生懸命、世界中の自動車メーカーと戦いながら、皆さんから「ありがとう」といわれる車をつくって、それで1年間、3年間、5年間、ずっと上げてきた利益をシェアするという概念なんですね。
株式のことを英語で「シェア」と言います。株主のことは「シェアホルダー」と言います。株式を持つということは、まさにその会社のオーナーになる、ということなんです。
皆さん1ヵ月に必ず3回か4回は、アマゾンを使ってらっしゃると思うんですけど、もしアマゾンの株を買うと何が起こるかと言うと、アマゾンのオーナーになるということです。おそらく自分よりも能力の高いジェフ・ベゾスさんに、一生懸命働いてもらう。世界中に価値を提供して「ありがとう」をたくさん集めてもらい、稼いでもらって、それをシェアすることが株主になるということなんです。
「ありがとう」をたくさん集めることのできる企業というのは、たくさんのお客の問題を解決した企業ということですね。「ありがとう」をたくさん集めることのできる企業が大きく儲けることができて、「ありがとう」をもらい続けることのできる企業が、持続的に利益を上げることができる。これこそが資本主義の原理なんです。
投資ってまず誤解として、こんな話があると思います。モニターを見て売ったり買ったりして、楽に儲かる。それで損したら何も残らないみたいな。本屋に行くと「仮想通貨で〇億円稼ぐ!」みたいな億り人の本がたくさん並んでると。そういうものを見て、あ、これはちょっと子どもには教えられんなと、いうふうに思われるのが普通だと思います。でもこういう話というのは、「投機」です。ギャンブルに近いものです。ギャンブルって楽しいんですけど、それでお金がちゃんと手に入るかと言うと、そんなことはないです。なぜなら、それは「ありがとう」を生まないからです。
高校生には絶対に知っておいてもらいたい、これだけは絶対に外さないでほしいというものが、一つあります。
短時間で楽して儲かるという話は、100%ありません。
先生方、高校生のお父さんお母さん方も、お金を手に入れるのがいかに大変なことなのかを、知ってるはずなんですね。にもかかわらず、投資になったら、すぐ簡単に儲かるなんて思うほうがおかしいということです。
でもやっぱり生活費が将来的に足りなくなると言われています。少し前に「2000万円問題」とかいって騒がれました。これはいまの高齢者は、平均で毎月20万円くらい年金を受け取っていて、生活費として平均で月25万円くらい使っています。毎月の収支は5万円ほどの赤字になるので、それを平均寿命の90歳くらいまで続けると約2000万円になります、という試算です。でもこれってほんとかいな、というのは思います。なぜならいまの高齢者は平均して2000万円くらい貯蓄を持っているので、それを取り崩しながら身の丈に合った生活をしているということに過ぎません。貯蓄がない人は、20万円の年金の中で若干生活費を切り詰めていくとか、やりくりして生活しているはずなので、一般化してみんなを脅かすような話というのは、私はあんまり正しくないというふうに思っています。
ただ、ある程度豊かな老後を送りたいなと思ったとき、あるいは何かあったときの備えとして一定の貯えを持っておいた方がいいのは間違いありません。寿命が延びることで必要な貯えの額は増えています。
それともう一つ、銀行に預けてもお金は増えないじゃないじゃないかと。これは事実です。30年前であれば7%の利回りがついたんですね。100万円を1990年に預けると、2000年に取りに行ったら200万です。10年で倍になったんですね。でも今、100万円を預けると、0.002%なので、10年間たっても100万200円ですという、驚愕の出来事が起こります。
こういった、お金が足りないよね、利息も全然つかないよね、だから投資しようというのが、高校で投資を教えようという背景だと思います。でも株式や投資信託への投資を教えておけばそれでOKというような考え方は、そもそも僕はちょっと間違ってるんじゃないかなと思います。
お金が足りないということは、事実なんです。しかし高校生だとか大学生だとか、若い人には時間があるんですよ。そういう時に何をやらなきゃいけないのか。
お金っておもしろい性質を持っていて、お金持ちになりたいと言ってお金を追いかけると、逃げていくんですよね。お金って追いかけると逃げます。
でもお金って、好きなものがあるんですね。「ありがとう」なんですよ。「ありがとう」があるところにお金が集まっていくという習性を利用すれば、実は長期的に収入を増やすことができます。
だからまず若いときに一番大事なのは、自分に投資をするということなんです。英語を勉強する、プログラミングを勉強する、自分の好きなことをどんどんどんどん掘りつめて、自分に投資をして、最終的にみんなから「ありがとう」と言われるような人になる。それが自己投資です。能力を鍛えて損することはありません。これこそが将来の収入をつくる、絶対安全確実高利回りの投資なんです。
そうは言っても多くの高校生は、どういったものに自己投資すればいいのか分からないって言うと思うんですよね。そういうときには3つの基準を確認しましょう。①何をして「ありがとう」と言われるような人になりたいの? ②君の好きなことは一体何なの? ③その好きなことは将来的にどうなの? その3つです。好きなことでいいんですよ。たぶん好きなことしか続きませんから。
まず何をして感謝される人になりたいんですか? ということが大事です。たとえば外国人が道に困っていて、どこそこに行きたいんだけどとウロウロしている。そういう人から「ありがとう」と言われるような人になるんだと。これってすごく立派なことだと思うんですよね。じゃあ英語を勉強してみようと。とことんまで英語を勉強して通訳士になったら、普通にアルバイトで働いてるよりも全然違う給料が、ずっと入ってくるんです。これこそが「時間」を使って「能力」を高めて、最終的に「お金」が入ってくるということです。
やっぱり俺はゲームが好きなんだと言う人は、どこまでもプログラミングを勉強してみて、それでアメリカの西海岸で働いてみるんだと。そういう世界に入っていったら全然違うものが見えるんですよ。単純にゲームをやってるだけだとダメなんですけど。
投資すべき企業を選ぶ時の3つの基準
それに対して、もう一つの投資のやり方があります。これが他人に投資をするということです。ジェフ・ベゾスさんに働いてもらいましょう、アマゾンに働いてもらいましょうという考え方ですね。他人に働いてもらおうというときも一緒なんですよ。他人に投資をするときも、やっぱり人から「ありがとう」と言われるような企業、社会の問題を解決している企業に投資すべきです。するとその企業はきっと儲けてきます。
そこのシェアを受けるというのが、株式投資です。モニターの前で売ったり買ったりするなんていうのは、はっきり言うとギャンブルなんで、楽しいんですけど儲かりませんし、全く人生の当てにもなりません。長期的に収入を増やすという意味では、どちらかと言うとリスクを大きくするというぐらいに、僕は断言しちゃってもいいと思ってます。
なので投資の話が分からないからと言って、証券会社の人に聞きに行くのは、そもそも論として間違いなんですね。証券会社というのは売買をさせるプロなんで、その人に投資の話を聞きに行っても、たぶんちょっと違うことを教わるんじゃないかなと思います。
ナイキという会社について、知らない人は1人もいないと思います。靴のメーカーです。この2年間のナイキの株価を見てみると、2020年の3月のところでポコンと落ちてますよね。100ドルぐらいから70ドルぐらいまで約30%落ちてるんですけど、これコロナショックです。けれども、何だかんだ言って人は走ることをやめないんですよ。ナイキが潰れることなんか、ないんですよ。みんなそれに気づいて、株価は普通にすぐ戻るんです。すぐ戻って、今や倍返ししてます。
こういう値動きを見て、あ、そうか、このコロナで70ドルの時に買って、今売ったら倍じゃないか、というふうに思った方はギャンブル脳です。そもそも論として株式投資というものを勘違いされているというふうに僕は思っています。コロナでマスクも買えない時に画面の前に座ってナイキ株を買うなんて、ほんとにできたでしょうか? 世界がこれからどうなるかも分からない中で、暴落したナイキ株を買って、みたいな話は、後付けなんですね。
僕の言ってる投資というのは、この右側の話なんです。1992年からこの青色がどんどんどんどん増えていってる。これはナイキの利益です。この赤い線は株価なんですね。
これを見た時に、2015年から2016年のところ、ナイキの利益はバンと増えてるのに株価が下がってると言う方いらっしゃるかもしれないですけれども、そんな小っちゃなこと言ってる場合じゃないです。
なぜならこの赤い線で92年から2021年まで、何と77倍になってるんですよ。77倍ですよ。だから利益がちゃんと上がる企業のオーナーになる。ナイキに働いてもらえば、ナイキがいろんな人の「ありがとう」を集めてきてくれるので、自然と儲かるということなんです。
こういう投資すべき企業を見極める基準は、先の自己投資の基準と同じく3つです。
①何をして感謝されている企業か、②どのような特徴や強みがあるか、③同社が進む未来はどうなっているか、です。
ナイキが何でそんなに「ありがとう」を集めることができるのか、3年ぐらい前から見ていただくとよくわかります。駅伝とか見てると、みんな厚底ブーツ履いてますよね、ピンクのシューズ。あれはヴェイパーフライという商品なんですけど、あれこそが「ありがとう」の元なんですね。厚底ブーツのソウルにカーボンプレートをちょっと入れるだけで、反発力を増すことができる。ランナーの体力をほんの数パーセントですけど、温存することができるんですね。これは長距離を走る人にとっては大問題なんですよ。
オリンピックなんかを見ると、みんなあのピンクのシューズを履いています。①ナイキは創業以来、そうやって「ありがとう」をどんどんどんどん集めていった結果、株価が上がっていった。だからそういう会社のオーナーになればいいじゃないかという話なんです。
そしてやっぱり②トップアスリートによる広告ですね。今で言うとナイキは大坂なおみさんの靴を開発しながら、それを履いて全米オープンに出てくださいという契約を結んで、実際に優勝しちゃうんですよね。すごいことです。そういう世界規模の巨額な広告ができる会社って、ナイキかアディダスぐらいしかないんですよ。それぐらい強いんです。
そして③みんな長生きしたいというのは、6万年前にホモサピエンスがこの地上に降り立ってから、ずっと続いてる長い潮流なんですよね。しかも病気で長生きしたいわけじゃないわけです。健康で長生きしたい。だから先進国の人というのは走り始めるんです。統計的に言うと10分の1、日本に1億3000万人いるとすると、それこそ1300万人が走ってるんですよね。そういう状態がどんどん続いていったら、ナイキは自然と儲かっちゃうんですよ。
たとえばディズニーであれば、①ミッキーマウスという100年近く生き続けて、世界中から愛されているキャラクターで、みんなを癒すことができるわけです。
そして②今さらミッキーマウスの向こうを張って、犬のキャラクターを作って世界中に流布するというのは、事実上、不可能ですよね。というぐらい強いということが2番目の基準になります。
そして③、ディズニーのファンって、アメリカや日本だけでなく、どんどんどんどんいろんな新興国でも増えてきているわけです。上海にもディズニーランドができましたし、配信サービスの「ディズニー+」はインドなどでもものすごい加入者を集めています。どんどんこれから発展していく新興国の中で、どんどんどんどんディズニーというものが皆さんを楽しませる、「ありがとう」と言ってもらえるようになっていくんじゃないかと思ってます。
コカ・コーラであれば、①スッキリするという清涼感を得られる飲料を提供することができる企業です。
それを②圧倒的な競争優位性の中で商売している。世界中にはコカ・コーラとペプシとドクターペッパーくらいしかないんですよ。日本にいるといろんな飲料会社があるように見えますけど、アメリカとかに行くと、もう基本的に2社しかないと言ってもいいくらいです。それぐらい強いんですよね。
そして、③世界の人口はものすごく増えています。今、78億人います。この78億人はコロナごときで減ることはないんです。90億人に必ずなっちゃうんですよ。その時に炭酸飲料が飲めるぐらいの中産階級というのは、もっとすごい勢いで伸びるんですね。その時にコカ・コーラかペプシしかなかったら、コカ・コーラってやっぱり儲かっちゃうよね。じゃあそのコカ・コーラの株を持ったらいいよね、というふうに考えるのが僕たちの投資なんです。
つまりこの①、②、③が重なったところの会社のオーナーになればいい、ということです。
自分で企業を選んで、お金を預けて実際に企業のオーナーになる、この研究というのは絶対、その人の人生に生きるんですよ。お金が儲かるとかそういう小っちゃな話ではなくて、そういう勉強をすることでビジネスのセンスがつくんですよね。
ビジネスのセンスがない人は、弁護士やっててもお医者さんやってても、これからやっぱり大変なんですよ。株式投資って、売ったり買ったりやってるのはほとんど意味なくて空しいだけですけれども、ちゃんとどの会社のオーナーになろうかなと考える投資は、ものすごく重要なんです。
自分の預けたお金で他の企業に働いてもらう、企業は「ありがとう」をたくさん受け取って、世界をよくする。世界をよくすることが、実は投資にはできるんですよ。それを高校生の皆さんに伝えたいですね。
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)。
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『教養としての投資』『先生、お金持ちになるにはどうしたらいいですか?』(ダイヤモンド社)など。