「見られているストレス」を軽減するには?

前田 なるほど。さすがに「トップ5%リーダー」ですね。リーダーがコミュニケーションをコントロールしようとするのではなく、メンバーが話しやすい「環境」をつくってあげるということですかね。それは、本当に大事なことだと思います。

 おそらく、「トップ5%リーダー」は、その「環境」を作り出すために細心の注意を払っているんでしょうね。というのは、ビデオをオンにするのは結構、心理的障壁が高いものだからです。カメラで自分の顔をクローズアップされて、「じっと見られていることに対する抵抗感」は思いのほか大きいからです。

越川 たしかに、そうですね。

前田 ぼくは以前、コールセンターのマネジメントをしていた経験があるんです。コールセンターでは、「お電話の向こうのお客さまと、絶えず笑顔で接する」ように目の前に鏡をおいて受電するんですね。これに慣れている人はオンライン会議でも比較的抵抗なくビデオをオンにできるのかもしれませんが、そういうことに慣れていなければ、常に顔をクローズアップで見られつつ話すのは大きなストレスになるんじゃないですかね。オンライン会議が終わるとドッと疲れが出るのは、それもあるんじゃないかと思うんです。

越川 ぼくも直接、オンライン研修を依頼されたクライアントから、「ずーっとビデオをオンにするのはしんどい」と言われたことがあります。そこで、ある脳科学者に「どうしたらいいかなぁ」と相談したんですよ。

 その脳科学者が言うには、ビデオを1時間以上オンにしておくと、「コルチゾール」っていうストレスホルモンが分泌されることがわかっているらしいんですね。だから、「ビデオをオンにする時間を限定する」のが現実的な策だと思います。

 トップ5%リーダーが行っている「冒頭2分の雑談のときだけビデオをオンにしましょう」「グループワークのときだけでも、ビデオとマイクをオンにしてしゃべりましょう」という策は、この点でも理にかなっているんですよ。

前田 なるほど、たしかにそうですね。あと、先ほど越川さんがおっしゃったように、「口角を上げて穏やかな表情を見せる」というのも重要ですね。ぼくもこれをいろいろな企業のリーダーに推奨しているのですが、これに抵抗感をもつ人が意外に多いんですよ。

 とくに年次が上のリーダーに多いように思います。「口角を上げてみてください」と勧めても「あーはいはい」と流されて、あまり乗り気になってくれなくて(苦笑)。「男は黙って、渋い面をしていればメンバーは言うことを聞くんだ」という古いスタイルを固持しているリーダーに「笑顔で」と言っても、なかなか受け入れてもらえない。もしかすると、メンバーに媚びるような気持ちになるんですかね?

 だけど、メラビアンの法則が示すように、メンバーにポジティブなメッセージを伝えたければ、「ポジティブな表情」を見せることが何よりも大事なのは明らかなんです。特に、リモート環境ではコミュニケーションに制限がかかりますから、なおさら「笑顔」が大切になる。恥ずかしがらずに、マネジメント・スタイルを変えてほしいと思っています。

越川 よくわかります。ぼくは彼らのことを「不機嫌おじさん」と呼んでいるんですけど……(笑)。

前田 「不機嫌おじさん」と言うと、なんだか、ちょっと可愛い感じもしますね(笑)。

越川 ええ。でも、「不機嫌おじさん」も、一皮剥けば、すごく「いい人」が多いと思うんですよね。シャイだから「不機嫌」な仮面をかぶっちゃうというか……。でも、これはやっぱり改めたほうがいい。現に、「不機嫌おじさん」がチームの生産性を落とすことが調査でわかってしまったんですよ。

 不機嫌な表情を見せていることで、メンバーに「リーダーが怒っているんじゃないか」と感じさせてしまうと、如実に会議が長引いたり、資料の枚数が増えたりするんですね。そのために、生産性がどんどん下がってしまう。

前田 そうなりますよね……。急いで「ご機嫌おじさん」を増やさないと(笑)。

「不機嫌おじさん」が組織の生産性を下げるメカニズム前田鎌利(まえだ・かまり)
1973年福井県生まれ。東京学芸大学で書道を専攻(現在は、書家として活動)。卒業後、携帯電話販売会社に就職。2000年にジェイフォンに転職して以降、ボーダフォン、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)と17年にわたり移動体通信事業に従事。その間、営業現場、管理部門、省庁と折衝する渉外部門、経営企画部門など、さまざまなセクションでマネージャーとして経験を積む。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、事業プレゼンで第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして数多くの事業提案を承認され、ソフトバンク子会社の社外取締役をはじめ、社内外の複数の事業のマネジメントを託される。それぞれのオフィスは別の場所にあるため、必然的にリモート・マネジメントを行わざるを得ない状況に立たされる。それまでの管理職としての経験を総動員して、リモート・マネジメントの技術を磨き上げ、さまざまな実績を残した。2013年12月にソフトバンクを退社。独立後、プレゼンテーションクリエイターとして活躍するとともに、『社内プレゼンの資料作成術』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『課長2.0』(ダイヤモンド社)などを刊行。年間200社を超える企業においてプレゼン・会議術・中間管理職向けの研修やコンサルティングを実施している。また、一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、サイバー大学客員講師なども務

越川 その通り。だから「ご機嫌おじさん」を増やす実験を行ったんです。コロナ禍になる前の話なんですが、実験に協力してくれた大手不動産会社と大手新聞社で「不機嫌おじさん撲滅キャンペーン」を実施して、2つの会社のリーダーに、「内心は不機嫌でもなんでもいいですから、とにかくメンバーの前では口角を上げてください。常に口角を上げるよう意識してください」とお願いしたんです。期間は、「1回あたり2週間」を断続的に、計2ヵ月ほどです。すると、会議の時間が約8%減り、生産性が上がったんですよ。

前田 素晴らしい。口角ひとつでこんなにも目に見えた成果が出るんですね。

越川 そうなんです。それで、この実験結果を踏まえて、このようなポスターをつくって、いろいろな会社に広げているところなんです。

「不機嫌おじさん」が組織の生産性を下げるメカニズム

前田 これを社内に貼りだすわけですね? おもしろい!

越川 ところがですね、そこに立ち塞がったのがコロナウイルスです。会社にいるときはマスクをつけるから、口角を上げても見えないんですよ(笑)。

前田 思わぬところに、コロナの弊害は及んでいたんですね(笑)。

越川 そこで新たにチャレンジしたのが「うなずきおじさん」の養成です。

前田 おお、これまた可愛らしいネーミングですね(笑)。

越川 トップ5%リーダーの動きを分析したら、マスクをつけているときは、普段よりうなずきが3~4センチ大きくなることがわかったんですよ。そこで「大きなうなずきを増やそうキャンペーン」を実施してみたら、メンバーとのコミュニケーションがぐっとよくなった。オンライン会議でも、ビデオオンにするメンバーが増えたんです。やっぱり、ご機嫌な人とは話したいし、不機嫌な人とは話したくないということなんですよ。

前田 たしかに、いい仕事をするためには、いろいろな知識やスキルを身につけることも大事ですが、実は、それらすべてに優先するのは「機嫌よく」見えるようにすることなんですよね。

越川 ぼくは、リーダーは「デザイナー」でなければならないと思っています。リーダーは「自分の力」で成果を生み出すのではなく、メンバーという「他人の力」を引き出して成果を生み出す存在です。つまり、創造的で生産性の高いチームをデザインする「デザイナー」でなければならないと思うのです。

 そして、そういうチームをデザインするために必要なのは、小難しいマネジメント理論ではなく、「小さな行動」の積み重ねです。それこそ、「口角を上げる」とか「深くうなずく」とか、そういった「小さな行動」でメンバーのモチベーションを高めていく。そういうデザインができる人こそが、トップ5%リーダーへと成長していくのだと思います。

(第3回に続く)