よいパーパスの条件とは?

 よいミッションやパーパスの条件は2つあると考えています。1つが、自分たちが何を最優先するのかという価値軸が明確であることです。

 もう1つが、「自分たちは○○する」という動詞で表される、自分たちの役割が明確であることです。自分たちらしい役割を定義していると、組織の誇りやエネルギーを生み出すからです。

 例えば、レシピのサイトで有名なクックパッドは、「毎日の料理を楽しみにする」というミッションを掲げています。彼らにはまず、毎日の食卓を彩る料理は人を幸せにする、という価値観が明確にあります。しかし、毎日料理を作るのはとても大変で、それを楽しいと言える人はなかなか少ないのが現状です。

 そんな運命にある毎日の料理を楽しみにすることができれば、世の中に幸せな空間をもっと増やすことができるはずだという想いが込められたのが、クックパッドのミッションです。

ポイントは「自分たちの存在意義」を追求すること

 動機に焦点を当てた未来志向のステートメントでの例を挙げると、Googleが「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようする」というミッションを掲げています。

 このように、「未来」のありたい姿を定義するパターンもある一方、「現在」のあり方に焦点を当てた言葉を設定している会社もあります。

 オムロン社は、「われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会をつくりましょう」という企業理念を掲げています。これは創業時代からオムロン社が大事にし続けてきた事業に対する姿勢で、いまでも社内では経営会議のみならず、日常会話の中にも現れてくる理念として息づいています。

 言葉には様々なパターンがありますが、基本的には、未来思考での自分たちの価値、普遍的な自分たちの果たすべき役割という「自分たちの存在意義」を追求したものを端的に言語化して表現することになります。

パーパスを根づかせるために有効な手段とは?

 しかし、いまの時代、単に理念が組織に浸透するだけではあまり意味がありません。21世紀型の企業は、人から始まる価値創造がコアになるので、パーパスやビジョンをきちんと自分事化して、物語化することが非常に大事だと思っています。

 いままでは、オフィスや工場などの物理的な空間で同じ体験を共有することで思想を共有していた時代から、必ずしも同じ場所にいなかったり、組織外のメンバーとの協業することが必要になったりする時代には、新しい形で理念を伝播させる取り組みが必要になります。この参考になるのが、在家信者が存在し、世界中に思想を伝播させている例としての宗教です。以下は、宗教の伝播を参考にしたパーパスブランディングの仮設モデルです。このフェーズは3フェーズに分かれています。

社員も取引先も共感する「よいパーパス」の2つの条件とは?

 フェーズ1では、思想を言語化し、形にしていきます。ミッション・パーパスや、ビジョン、バリューの言語化や、その内容をもとにコーポレートアイデンティティや、ビジュアルアイデンティティに落とします。その上で、創業者の思想を可視化したり、ミッションを定款化、綱領化したりすることが有効です。パタゴニアには『社員をサーフィンに行かせよう』という有名な本がありますが、本というのは、創業者の理念をバイブルとして最も深く伝えられるフォーマットの1つです。

 クックパッドは、「毎日の料理を楽しみにする」というミッションを、会社の定款の中にわざわざ入れました。このように、明確な憲法として会社の最上位にミッションを設定する形でルール化するのも非常に効果的です。

価値観を共有できる場を設けるとコミュニティが強化される

 フェーズ2は、コミュニティのデザインです。創業メンバーが体現して作ってきた理念を体現、伝播させていくコミュニティです。価値観を共有した社員や、ファンユーザー、協力企業などとコミュニティを作っていくことで、思想を一緒に探求し、深めていき、広げていく人たちの場を作ることです。

 パーパスを共有し合う強固なコミュニティをつくるには、カンファレンスの開催やエバンジェリストの育成、もしくは創業者とのダイアログが必要なケースもあります。

 カンファレンスのように多くの人が1か所に集まって会話をすることが、価値観を全体で共有するうえで重要です。オムロンは、企業理念の実践を表彰し、同時に探求する「TOGA(The OMRON Global Awards)」というカンファレンスを続けています。

 また、GAFA系の会社は「オールハンズミーティング(All Hands Meeting)」と呼ばれる全社会議のようなものを開いて、CEOら経営陣と定期的に直接対話する機会を設けることで、価値観の共有を図っています。

空間やメディアを通じて「習慣」に落とし込む

 フェーズ3は、習慣のデザインです。日常生活の中で、コミュニティの枠を超えてユーザーや世の中へと思想が広がっていくために、理念に日常的に接点を持てたり、実践できたりするような習慣をデザインしなければなりません。

 その際にしばしば利用されるのが、直営店やポップアップのような「プレイス」です。代表例はApple Storeで、実は教会のデザインを意識させるつくりになっています。教会という場は、宗教を自分の生活と結びつけ、自分の物語にする場ですが、物理的な直営店に限らず、理念についての物語を語るストーリーテリングのワークショップをバーチャル教会として作ることも、理念の自分ごと化を実現しています。

 メディアの活用も非常に有効で、最近はD2Cブランドが雑誌を発行するようなケースもあります。ユニクロはLifewearという雑誌を発行していますし、アイウェアブランドのWarby Parkerは、睡眠やリラックスといったプロダクトと直接には関係のないテーマの特集を発信することで、新しいライフスタイルを世の中に伝えています。

 また、Facebookの「いいね!」ボタンも典型的な例ですね。このボタンを習慣的に使ってもらうことで、常にポジティブな目線で会話ができる環境を整える狙いがあります。

パーパスは思想インフラとして重要性を増していく

 ミッションやパーパスは、企業が価値創造するときのベースとなる思想インフラとして、今後ますます重要性を増していきます。その背景には、21世紀の企業は、人が生み出す新しいアイデアやサービス、事業などの価値創造が、事業価値創造のコアになるからです。人こそが新しい価値を生み出す無形資産であり、パーパスは彼らを惹きつけるのみならず、彼らに価値創造の方向性を提示することで、価値創造の補助線になります。

 ですから、パーパス策定をした後は、社内外のコミュニティを作っていくインナーブランディングこそが、理念を価値創造に繋げる橋頭堡的な活動になっていきます。

 次回は、パーパス実装にまつわる、具体的な企業の相談を元にパーパス策定の現在地を眺めてみましょう。

(本稿は、PURPOSE パーパス』刊行記念セミナーのダイジェストです)