2020年、新型コロナウィルスの感染拡大によって、世界中の経済が打撃を受けた。
特に、飲食、宿泊、旅行、運輸、興行、レジャーなどの分野はその影響をもろに受けた。
スキューバダイビングやラフティングなどのアウトドアレジャーや、遊園地や動物園、水族館などのレジャー施設への予約をネット上で取り扱う会社・アソビューもその一つである。
アソビューは当時創業9年目、社員130名のベンチャー企業。日の出の勢いで成長している会社でもあった。37歳だったCEO山野智久氏は、未曾有の危機に追い込まれ、悩み、苦しんだ。
「会社をなくしたくはない、しかし、社員をクビにするのはいやだ」
売上は日に日に激減し、ついにはほとんどゼロになった。
さて、どうする? 山野氏が繰り出した「秘策」を、『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)から引用し、紹介する。

コロナ禍で「お出かけ」需要に固執するのはナンセンスPhoto: Adobe Stock

「おうち体験」をECサイトで販売する

僕らの商売はもともと「雨の日」が天敵でした。それは当たり前で、アソビューで予約できるレジャーは家の外でする体験、つまり「お出かけ」だからです。

話はコロナ感染拡大の4ヵ月ほど前にさかのぼります。

2019年10月25日、千葉を中心とした地域で集中豪雨があり、千葉県出身の僕は当時、経営者仲間と被害地域に行ってボランティア活動をしました。その時、豪雨というものの凄まじさを改めて強く認識します。

雨の日は天敵。しかし、そんな時にも何かを提供できてこそ、「生きるに、遊びを。」というミッションに向き合っていると言えるのではないか?「事業リスクである“悪天候”を、どう解決するか」は、この頃からずっと僕の頭にあり、かつ従業員や外部アドバイザーの方ともたびたびディスカッションのアジェンダになっていました。

雨の日でも楽しめること。もしくはお出かけしないでも楽しめること。それは何だろう?

つまり僕はコロナ感染拡大の4ヵ月前から、この問題に向き合っていたのです。だからこそ、比較的早い段階で「おうち遊びを商品化する」という答えにたどり着けました。

なるべくコストをかけずにできる、おうち遊び。僕とCOOの宮本は外部アドバイザーからの紹介でcotta(コッタ)という大分県にある企業と打ち合わせをしました。同社は製菓材料やその料理道具をプロユーザー向けに販売する会社。もともとはお菓子屋さんなども顧客とするBtoB事業がメインだったのですが、近年BtoCにも広げていたのです。

そこで、アソビュー利用者の家族向けに、誰でも簡単にお菓子を作れる家庭用のキットができませんかと相談したところ、チョコパンキットを作れますよという返答。

いいじゃないか!

気軽に楽しんでいただけるように「4人家族で2回分の材料」「3000円以内」と設定したキットを企画しました。

こうして4月2日に会員向けに売り出したところ、すぐに500キットほど売れました。会員限定でほとんど宣伝をしていなかった割には手応えのある数字です。

その結果を受けた僕はこう考えました。たまたまコロナの緊急事態宣言下で販売した商品だけれど、これは「雨の日」問題を解決する商品でもある!つまり、「おうち体験キット」はコロナが収束しても需要がある商品なのだと。

短期的な売上の期待だけではなく、長期的にも投資する価値ありと判断した僕は、横展開を決意。社員は色々なアイデアを出してくれました。そして自社プロデュース商品として、蕎麦打ち体験キット、家のオーブンでできる陶芸体験キット、ハーバリウム体験キットを企画・販売しました。ハーバリウムとは瓶の中に花を詰め、アルコールを注いで腐らないようにするフラワーアレンジメントの一種です。これらのレクチャー動画も社内で自作しました。

ただ、これだけではラインナップがさびしいので、既存の他社製キットも集めました。科学実験や味噌作り体験など、集めたキットは全部で28種。これを販売すべく、専用サイト「アソビュー!ストア(現アソビュー!ギフト)」を6月11日に立ち上げました。

若手の社員の遠藤らが奮闘してくれたおかげで、ゼロからの垂直立ち上げに成功したのです。

ちなみに、サイトには商品紹介のための写真も載せましたが、モデルさんを手配する予算も場所もなかったので、撮影場所はなんと社員の自宅。出演者も社員とそのご家族です(!)。文字通り手弁当、手作り感満載でしたが、チームの一体感は高まりました。

オンライン体験のZoom似顔絵

一方、本来はリアルの場で楽しめるレジャーをオンラインで楽しむプランも企画しました。オンラインに代替しても体験の品質が落ちない商品。それで考えついたのが「似顔絵」です。そもそも商業施設の似顔絵ブースは描かれている様子を外から覗かれてしまうためちょっぴり恥ずかしい。実はそもそもオンラインのほうがそういった心配なく描いてもらえるので、逆に体験の満足度が上がるのではないかと考えました。

東京タワー内を活動場所としていた似顔絵集団「チームタワーズ」とゲストをオンラインでつなぎ、リアルタイムに会話をしながら似顔絵を描いてもらう。絵は20分ほどで描きあがり、作品はデータで送信されます。

当時チームタワーズは東京タワーでの似顔絵ブースの営業再開を予定していたのですが、新型コロナ感染拡大で再開の目処が立っていませんでした。そこに我々が提案させていただき、実現したのです。双方のニーズが見事にマッチングしました。

コロナ禍で「お出かけ」需要に固執するのはナンセンス
山野智久(やまの・ともひさ)
1983年、千葉県生まれ。明治大学法学部在学中にフリーペーパーを創刊。卒業後、株式会社リクルート入社。2011年アソビュー株式会社創業。レジャー×DXをテーマに、遊びの予約サイト「アソビュー!」、アウトドア予約サイト「そとあそび」、体験をプレゼントする「アソビュー! ギフト」などWEBサービスを運営。観光庁アドバイザリーボードなど中央省庁・自治体の各種委員を歴任。アソビューは期待のベンチャー企業として順調に成長していたが、2020年にコロナ禍で一時売上がほぼゼロに。しかしその窮地から「一人も社員をクビにしない」で見事にV字回復を果たしたことが話題になり、NHK「逆転人生」に出演。著書に『弱者の戦術 会社存亡の危機を乗り越えるために組織のリーダーは何をしたか』(ダイヤモンド社)がある。